借金のカタに取られました
今日は、日曜日でカズさんとお買い物に行く約束をしていた。

平日に使う食材の買い出しと、ついでにランチを食べることになっていた。

カズさんは航平も誘ったが、スーパーには興味ないと断られた。

カズさんは笑いながら

「小さい頃はよく付いてきてくれたのにね」と冷やかすと航平は

「カズさん!」と言いながら嬉しそうだった。

二人で旬の食材や調味料を買い込み、近くのレストランに入る。

そこで気になることを聞いてみた。

「航平って恋人いるのですか?」

「さぁ、どうかしら。家には連れてきたことは一度もないですね。流石にそういう話はしてくれませんね」と収穫がなく少しがっかりするとその様子に気づいて

「気になりますか?」と言われドキリとする。

「あ、いえ、いるのかなと思っただけです」

カズさんはこちらを見つめながら

「好きなのですね。それくらいわかりますよ」と優しく微笑む。

何も応えないでいると

「私は航平さんと千那さんが本当に結婚してくれればこんな嬉しいことはありません。気持ちを伝えてみればどうですか?」

首を横に振る千那。

「航平さんって、千那さんからすると強引でわがままに見えるかも知れませんけど、あなたをお迎えするまではあたふたしていたのですよ。こんなこと話したら航平さんに怒られますけどね、今時の女子高生はどんなインテリアが好みなのか、洋服はどんなものが似合うのか、今の千那さんの部屋を何度も配置換えしたりして、カーテン一つを選ぶのにもお時間がかかっていましたよ。家具屋さんにも一緒に行きましたけど、決断力のある航平さんがあんなに迷っている姿を初めて見ました」

あの、航平が迷ったり、慌てたりするだろうか。

千那は部屋を与えられていてそういえば、来た当初から家具などは全て揃っていた。

その家具やカーテンなどは、カラーコーディネイトされており統一性があるし、リビングの家具の趣味とは少し違ってはいた。

自分の部屋なんて今まで経験がなかったので、嬉しさの余り深く考えなかったが、私が来るまではこの部屋は必要なかったはずだ。

「それにね、千那さんに色んな事を習わせようとスクールを選ぶときも、私が以前習っていた教室の評判とかも
細かくリサーチして、凄く慎重にご準備されていましたよ」

この家に来てから生活が一変した。

朝ご飯、晩ご飯が当たり前に食べられること、昼ご飯にお弁当を持って行けること、修学旅行に行けたこと、その上、習い事をさせて貰ったこと、外食に行くこと、旅行に行くこと、これ以上望んだら罰が当たるだろう。

「航平には感謝しています。でも私の気持ちは伝えることはありません。航平を困らせたくありませんし、私では不釣り合いです」

「とってもお似合いですよ」とカズさんは優しく言ってくれた。


海外渉外部に異動になってから、初めて真子に会った。昇進試験の為にしばらく会っていなかったのだ。

待ち合わせの場所には、いつもと変わらない真子の笑顔があった。

仕事のこと、成人式の日にあった事、航平への気持ち、今の自分の気持ちなど真子に話した。

真子は黙って聞き入り、話し終えると

「壮絶だね」と目を丸くした。

「そっか。結婚してなかったんだ。じゃあ、私は千那に先を越された訳じゃないのよね」と冗談交じりに言っ
て、重い話題をさらりと受け止めてくれた。

「航平さんの事が好きだったら、今から始めればいいじゃない。これから恋愛して結婚すればいいんじゃない? だいたい、既に同棲しているんだし、ライバルがいたとしても有利だよね。それに私もだけど、まだ二十歳だよ。時間は充分ある」とポジティブ思考らしい真子の意見だった。

今からはじめるのか。

何も始まってなかったと思えばいいのか。

考えればまだ異動したばかりで、もっと仕事をしたいし、家事もまだまだだし、航平の元に来たときから習ってい
る華道や茶道も中途半端だ。

真子と話していて、なんだか活力が湧いてきた。


華道の教室は茶道教室も兼ねており、隣のお座敷で習うことが出来る。

当初、これらは全く興味がなかったのだが、綺麗な花とお茶菓子につられて仕方なく習っていた。

しかし、今では生けることが楽しいし、茶道の奥深さも知り、精神が落ち着き、心がリラックス出来る為、大切な時間になっていた。

お稽古をしている他の生徒達は、見るからにお嬢さん育ちで品があり、特に華道教室の先生の娘さんが一緒にお稽古をすることがあったが、その女性は絵に描いたようなお嬢様で、その所作を見ているだけでうっとりするほどだった。

やはり育ちは隠せないな、と千那は苦笑した。

それでも今は同じ教室で同じ事をしているんだから自信を持とう、これも航平のお陰だと思い、一生懸命学んだ。
ある時、カズさんが玄関の花を一度生けてみればと言ってくれ、学んだこと全てをつぎ込んで飾ったのだが、航平が会社から帰ってきてすぐに

「あれ、カズさんが生けてないでしょ?」と見破られて、悔しい思いをした。

いつか航平に気づかれないように、花を生けることが目標だった。



千那は航平にお願い事を一度もしたことがなかったが、どうしても叶えたいことがありリビングで話をする。

「あの、車の運転免許が取りたいのです。お小遣いでは足りませんので、教習所へ行くお金を貸してください」

「え! お前が車を運転するの? 走る凶器だな。死んでも乗りたくない、つーか、死んだら乗れねぇけど。

どっちにしろ無理だわ」と大げさに言って笑わせる。

「どうして取りたいんだ?」

「車を自分で運転してみたいんです」

小さい頃から自分で運転して、ドライブに行ってみたいと漠然と考えていた。

ドラマの主人公が、格好良く運転する姿に憧れていたし、時間に縛られずに自由に、自分の力でどこかにでも行ける事に対して、強い願望があった。

「金は、俺が預かっているお前のお金があるからそれを使え。ま、免許を持っていてマイナスにはならないからいいぞ。行ってこい」

「ありがとうございます」


嬉しくなって、すぐに次の日に自動車教習所に申込みに行った。

ガラス戸の向こうには、教習中の車が数台ゆっくりと走っている。

自分でハンドルを握れるなんて夢のようだ。幼い頃は友達が家族で車に乗り出掛けたと聞いては、羨ましくて仕方がなかった。

千那の家には当然、車なんてなかったし、自分には叶いそうにもないと考えていた。

千那は熱心に教習所に通い、カズさんに出そうな問題をアドバイスしてもらった。

まさかカズさんが、車の免許までもっているなんて驚きだった。やはり、カズさんに出来ないことは何もないのだろう。

その甲斐あって一発で試験に合格し、二ヶ月で免許を取得した。

カズさんも喜んでくれて、夜の食卓にはご馳走が並んだ。

何と言っても、免許証が嬉しくて仕方がなかった。自分の写真が入った証明書は、他にはなかったので、興奮気味に受け取ったのを覚えている。

航平は嫌みで

「俺の車は運転するなよ。あれ、いくらするか知っているのか? 傷つけたらお前の給料では修理出来ないぞ」と笑って見せた。


日曜日、いつも昼間で寝ている航平がリビングにやってきた。

「おはようございます」

「おはよう。千那、今日は出掛けるから用意しろ」

また何の前触れもなく話をすすめる航平に苦笑いしながら返事する。

朝食後、航平の車に乗って出掛ける。相変わらず何も言わない航平と何も聞かない千那。この空間にも慣れてしまった。

しばらく走ったその先は車の販売会社だった。航平の用事だろうと何も考えずに千那は車を降りた。

販売員は知り合いらしく、航平を見るとすぐに小走りでやってきた。

「いつもお世話になっております。本日はどのようなご用件でしょうか?」と満面の営業スマイルで話しかける。

航平は冷静な声で

「今日は、こいつの車を買いに来た。好みを聞いて選んでやってくれ。俺の条件は安全性だけだ。じゃ、よろしく」と言って店内にある椅子にドカリと座った。

唖然として立っている千那に向かい

「初めまして。奥様ですか?」

「ち、違います」と焦って応える。

一瞬、しまったという顔をしたが、すぐに立て直し

「どんなお車がお好みですか?」と言い終わる前に

「航平、困ります。買わなくいいです。そんなつもりはありません。自分でお金を貯めて買います」と伝える。

「俺が言い出したら聞かないの、お前が一番知っているだろう? 早く選べ。駐車場も心配するな。何かの為にと思って以前からマンションの駐車場は二台借りている」

「でも」

「口答えするな。お前は俺の借金のカタで、更に、今ではお前の社長だ」

その会話を耳にした店員は、聞こえないふりをした。

千那の好みは、コンパクトで丸い感じのデザインだった。それ以外メーカーも知らないし性能なんてちんぷんかんぷんだった。

店員は、素早くいくつかのパンフレットを広げて説明を始める。値段がチラリと見えるが高くて驚く。

どうしていいのかわからず、ただ聞いていると航平が横から口をはさむ。

「お前が決めていたら夜になってしまう。えーと、これにしてくれ」と指を指す。

店員は嬉しさの余り大きな声で

「ありがとうございます」と元気よく言った。

帰りの車の中で

「ありがとうございました」とお礼を言うと

「あれは、成人のお祝いと昇進試験、それと運転免許取得の合格祝いだ。トリプルのお祝いだから気にするな」
これが、初めて航平に貰ったプレゼントだった。
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