借金のカタに取られました
門を出ると秘書の牧田ではなく、航平が迎えに来ておりドキリとする。

助手席に乗り込むと黙って車は発車する。

ちらりと運転する横顔を確かめて意を決して聞いてみた。

「航平、あなたのこと何も知らないんですけど」

航平は黙って車を走らせている。

しかし、それを聞いた途端帰り道である方向ではなく急にUターンして、家とは異なる方向に車は走り出した。

怒らせてしまったのだろうか、謝った方がいいのだろうかと迷っている内に車はハザードを出して停車する。

「これが俺の通っていた小学校だ」

窓から見ると帽子を被った小学生が門からたくさん出てくる。

黒い帽子に制服、革靴を見てすぐに私立小学校だとわかる。

急に窓の景色が動き出し車の方が動いたことに気づく。しばらく車は走り違う場所で停車する。そして同じ調子で

「これが俺の通っていた高校だ」

と淡々と巡り最後に停車したのは一軒家の前だった。

「これが俺の実家だ」

あまりの豪邸に目を丸くしていると

「ここには十八歳まで住んでいた。高校を卒業してからイギリスの大学に行ったのでそれ以来帰っていない。両親はアメリカを拠点に仕事をしているので殆ど戻らないし、長い間会っていない。兄弟はいない。でかい屋敷だけど、寒々としたものだよ。カズさんがずっと俺の面倒を見てくれた。両親がアメリカに行く前から、行った後も俺の面倒を見てくれた。彼女とはそれ以来の付き合いになる。これでいいか?」

「いいって……。」

「面倒くせぇ奴だな。結婚するんだからこの先何十年もあるんだぜ。今すぐ知らなくてもいいだろ?」

と返事を聞く前に車は出発して家の方向へ走り出した。


カズさんは五歳の頃から航平の事を知って居るのだと思うと、料理を習いながら不思議な気分になる。

「カズさん、航平って子供の頃、どんな人だったのですか?」

「そうね。とても聡明で大人びた子供でしたよ。説明しなくても全てを理解しているというか、見透かされてい
る感じでしたね。でも素直で優しくて子供らしい所もあってとても可愛らしいお子さんでした」

見透かされている感じは今でも変わっていないし、掴み所がない。一体厳しいのか優しいのかよくわからない。

カズさんは続ける。

「それに、勉強もスポーツも良く出来てね。ご両親は海外暮らしでなかなか帰ってこられなかったので、わたくしが授業参観とか保護者面談まで行かせて頂いて。子供のいない私にとって自慢の息子のようで嬉しかったし、航平さんには感謝しているの」

確かにさっき高校を見に行ったけど、あそこは都内でも有数の進学校だ。私の頭ではとても合格できないレベルだし、親にとっては自慢になるだろう。

あの学校に通っていた高校生の航平を想像しようとしたけど、スーツ姿の印象が強すぎてどうしても出来なかった。

「航平さんは、いつも綺麗に私のお弁当を食べてくれてね。久しぶりに、お弁当を作ってその頃のことを思い出して懐かしいわ」

こんなお弁当を毎日食べられて羨ましいと思ったが、それが航平だったのか。

複雑な気分に襲われた。



リビングで、カズさんと千那が夕食の準備をしている姿をチラリと横目で見る。

親しげに話しているようだが、小声で内容は聞き取れない。

テレビのボリュームを下げようかと思ったが、子供じみた真似だと思いとどまる。

昨晩のあいつの様子じゃ、想像していた以上、ウブだな。

高校生の同級生を思い出してみたが、もっと大人びていたし、大人びた振りもしていた。

特に女子の方が、その気持ちが強く、同級生をガキ扱いするものも少なくなかった。

自分の性格上、女に馬鹿にされるのは耐えられないので、中学生の頃からネットで、セックスについて調べまくって、まるで自分が実際に体験したかのような感覚になっていた。

高校一年の頃に、一つ上の先輩に告白され、さほど興味はなかったが、ただ経験がしたくて付き合った。

目的は達成されたことで、すぐに付き合いは辞めてしまった。その時が初めてだったが、彼女には経験があるかのように振る舞った。

相手は初めてだったらしく、別れ話をした途端、非難された。

「初めてだったのに」「騙された」「しなきゃよかった」と執拗に責められ、きっとその頃からバージンには手を出さないと決めたのかも知れない。

自分自身は、こんな感覚がこの世にあるのかと感嘆したが、彼女は苦痛に顔を歪めているだけだった。あれだけ研究したのに、どうしてかと不思議だったが、後から考えると、男側からみたテクニックばかりに目がいっていて、女性側のことを考えていなかった。

受け入れ態勢が充分に出来ていなかったし、初めての相手に対して、テクニックを見せつけても、それは迷惑なだけだった。

その後、色んな女性と寝たが、話を聞くとバージンを捨てた後、しばらく出来なかったとか、初めては良い思い出はないと聞かされた。

あいつには、そんな思いはさせたくないと誓った。

幼い頃、両親があまり相手をしてくれなかったのは、同じだ。

しかし、俺は、与えられる物は充分与えて貰って育った。

高い私立の学校や、習い事、家政婦さん、忙しい合間を縫って、海外旅行にも何度か連れて行って貰っている。
仕事が忙しくなればなるほど、両親は、その穴埋めをするかのように、航平に代わりになる物を与えた。

だから、たくさんの選択肢の中から、自分の意志で好きな物を選んできたし、得意な物、不得意な物も自己判断できた。

しかし、千那は、何も与えて貰っていないので、自分の可能性も知らないし、何があるのかさえわかっていない。その中から、選択するのは無理だ。

だから、これから、出来るだけ、選択肢を増やしてやりたい。



夕食を終えカズさんは、いつものように自宅に帰っていった。

この二人きりの時間に、まだ千那は慣れずに居た。

大抵、航平はパソコンで仕事をしたり資料を読んだりしており、手持ちぶさたの千那は、面白くもないテレビを眺めて過ごしていた。

しかし、今日は数学の宿題が出されていてテレビを見ている暇はない。

数学の担当教師はいつも宿題が多く、千那も毎回悩まされた。

リビングのテーブルで教科書を広げて、宿題のプリントと睨めっこしている。

ふと良い香りがすると思い顔を上げると、航平が机に広げたプリントを覗き込んでいる。

「お前、こんなのも出来ないのか?」

「出来ないんじゃない。今、考えているの」とふくれっ面で答える。

「この公式はわかっているのか?」と鋭い質問が飛ぶ。

「えーと、これは、多分……」と焦っていると

「数学に多分はねえよ」と千那から鉛筆を奪い、サラサラとノートに公式を書いた。

「これに当てはめてみろ」

千那は言われたとおり、航平の書いた公式にそって問題を解いて行く。確かにこれだ。

「ったく。お前、もうすぐ中間テストだろ? テスト用紙が帰ってきたら全部見せろ」

と呆れたように言い放ち風呂場へ消えていった。

頭が良いか知らないけどなんかむかつく。スポーツも勉強も出来た人にはわからないのだ。これといって特技がな
い私の気持ちなんて理解出来ない。特技どころか欠点ばかりだし。勉強も出来ない、スポーツも苦手、家事も出来ない、神様って何て不公平なのだろう。

リビングに取り残されて溜息をついた。

寝室へ行くと航平はベッドに座っており、千那を見つけると横に座るように手の平でポンポンとベッドを叩いて指示をする。

素直に航平の傍らに座る。

航平は千那の顔を両手で優しく包みながら、キスをする。

優しいキスから、激しいキスに変わっていく。

前回のように怒られたくないので、必死で航平と同じ舌の動きをする。

しばらくすると身体が離れ

「よし、一つ習得したようだな。受け身だけの女とはやりたくないからな」と言い残し、布団に潜り込んだ。

一体この人は何人の女性を抱いてきたのだろう。

背も高いし顔も綺麗だし、頭も良いしお金持ち。そりゃモテるだろう。

私と一緒に住みながらも遊んでいるのだろうか、まだ結婚はしていないしお互い独身なのだからそういうこともしているだろう。

そう思うとなぜか嫉妬心のようなものが芽生えた。
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