借金のカタに取られました
会場は五階にある多目的スペースで行われているらしい。
牧田さんと下に降りると、もう会場には様々な料理が並べられて舞台には豪華な景品らしきものが配置されていた。
社員もぞくぞくと集まってきて、一気に騒がしい雰囲気に包まれた。
こういう場所に行くことがないので、気後れしながら会場の隅に立つ。
人数が多いので目立たないからいいが、華やかな場所が苦手なのでとても居心地がよいとは言えなかった。
お腹が減っていたので、テーブルに積まれたスナック菓子やお肉を、適当につまみ時間を潰した。
しばらくすると航平が会場に現れ、舞台に上がりマイクを手に取ると、社員達はそれに気づき静かになる。
「お疲れ様です。急な仕事が入り遅れてすみません。毎年恒例の慰安パーティーなので存分に食べて楽しんでく
ださい」と言い終えると社員から拍手が湧いた。
航平の口から出た 「すみません」という言葉も新鮮だったし、いつも命令口調で敬語を聞いたことがないので驚
いていると、舞台からスタスタと降りてこっちに向かってくる。
「楽しんでいるか?」
特に楽しいわけではないが面倒なので
「はい」と答えた。
「あそこにある寿司は一流店の寿司屋だから食っておけ。それにあそこにあるデザートも有名パティシエが作ったものだ。お前、貧乏なんだから食ったことないだろ? しっかり食えよ」と先程の舞台の上での丁寧な挨拶をしていた人と同一人物とは思えない台詞を吐いて、人混みの中に消えていった。
舞台の上では、ゲームなどの催しが行われていて、盛り上がりを見せていた。
それを横目に、さっそくスイーツを取りに行くと一人の女性に声を掛けられた。
「どこの部署の方ですか?」
やばい、部外者だとばれたのだろうか、航平の姿はどこにも見あたらない、ドギマギしていると牧田さんがスッと
寄ってきて
「彼女は社長のお知り合いのお嬢さんです」と紹介する。
女性も疑うことなく
「そうなんですか。初めまして」と挨拶する。
女性は納得した様子で人混みに消えていった。
牧田さんは
「社長は独身なので非常にモテます。社内でも社長夫人の椅子を狙っている女性は沢山います。だから決して本当の事は言わない方が良いです」
本当の事って借金のカタにとられたって事?
モテるなら、私じゃなくても綺麗な女性は他にもいるし、ましてバージンじゃない方が好みなら尚更なのだけど。
よくタイプでもない女と結婚を決められるものだ。不思議に思っていると牧田は
「社長は、口が悪いですけどとても優しい方です。安心して飛び込んで大丈夫ですよ」
意外な言葉に返事が出来ない。
この牧田さんもどこまで事情を理解しているのだろうか、秘書というのは全てを把握している印象があるが、それはドラマの見過ぎだろうか、今までも、この会社で借金をして、売られた女性はいるのだろうかと考えながら、美味しそうな料理を次から次へと口へ運び、お腹がいっぱいになり、考えていたことも忘れて壁に寄りかかっていると
「千那」と声を掛けられ我に返る。
「ボーっとしてないで帰るぞ」と言われて慌てて着いていく。
車の中で航平は
「どうだった? 俺の会社は?」
聞かれても、何とも感想が出てこない。ただ、社員同士は仲良く楽しそうに話していたし、挨拶している航平を見る皆の目は、尊敬の眼差しに見えた。
「まともに働いたことないお前には、まだ、わからないな。まぁ、いい。雰囲気だけ掴めば」
航平は、会社にいるといつも思う。
もしも、俺が社長という立場でなければ、こんなにも女性が言い寄ってきただろうか。
一般の社員だったら、どうだろうか。
普通の男性から見ると、愛想はないし、優しい言葉も掛けられない。
今まで付き合った女性は何人もいるが、いつも
「何を考えているのかわからない」「私の事が好きなのか、わからない」と言われた。
それは、当然のことで、本当に好きだと思って付き合った女は居ないからだ。
告白された女性の中から、一番容姿が好みだったものをチョイスしてきただけだから。
しかし、自分にも責任はあるが、相手も本当に自分のことが好きなのか、常に疑問を抱いていた。
「箕島コーポレーション」の社長と知った途端、告白されることも多かったし、一度寝ると、その後連絡してこない者もいた。
恋愛に本気になる時間と労力があるなら、仕事に打ち込んだ方が、結果が目に見えて充実したので、避けてきたのかも知れない。
中間テストが全て終わり、添削されたテスト用紙が次々と返ってきた。
「ねぇ、千那、どうだった? 数学」と真子はプリントを覗き込む。
その点数を見て
「え! 千那、凄いじゃない。九十点なんて」と驚く。
万年、六十点台や、良くても七十点台をうろうろとしているのを真子は知っている。
これはテスト前に航平の特訓があったからだ。
毎晩、教科書を開き勉強を教えてくれた。
内容だけではなく、効率の良い勉強の仕方や、必ず覚えておかなくてはいけない公式やポンイトを伝授されていた。
数学だけではなく、歴史や国語など全ての教科に渡り、家庭教師のように指導してくれた。教え方は厳しくてイライラしたが、的を射る教え方でわかりやすく有り難かった。
家に戻り、言われていたとおり、全てのテスト結果を航平に見せる。全教科の平均は九十点を超えていた。
「俺が教えたのに満点取れないの?」と褒めてくれると思っていたのに、意外な言葉にがっかりする。
「期末テストはもっと厳しくしないとな」と気が遠くなるような事を言われて落ち込んだ。
カズさんに料理を教わってから、随分と上達したがカズさんのレパートリーが多く、新しく覚えても次から次へと新メニューが出てきた。
和食や洋食だけでなく中華、フランス、イタリア、タイ、ドイツなど各国の料理もレパートリーとして加えられていった。
料理の食材を買いにカズさんと出かけることも多かったが、その際食材の選び方や旬の物を丁寧に教えてくれた。
自分の母親からはこういったことを一切教わったことがなかったので、一緒に買い物する時間は、千那にとっては楽しい時間だった。
普通の家庭に生まれて居れば、当たり前の時間なのかも知れない。当たり前の時間がどれだけ大切でかけがえのないものか、この家に来てから教えて貰った気がしていた。
電気やガスの心配がない事、何気ない挨拶、毎日の手作りの食事、愛情のこもったお弁当、誰かが出迎えてくれる事、横に誰かが寝ている安心感、これらは千那にとって決して当たり前ではなかったからだった。
そして、時々航平の話もした。
カズさんは小さい頃のエピソードを、面白おかしく聞かせてくれた。
男の子なのに虫が嫌いだったこと、お片付けが得意でいつも部屋が綺麗だったこと、バレンタインデーには抱えきれない程のチョコレートをもらっていたことなど、どれも航平らしい話だった。
牧田さんと下に降りると、もう会場には様々な料理が並べられて舞台には豪華な景品らしきものが配置されていた。
社員もぞくぞくと集まってきて、一気に騒がしい雰囲気に包まれた。
こういう場所に行くことがないので、気後れしながら会場の隅に立つ。
人数が多いので目立たないからいいが、華やかな場所が苦手なのでとても居心地がよいとは言えなかった。
お腹が減っていたので、テーブルに積まれたスナック菓子やお肉を、適当につまみ時間を潰した。
しばらくすると航平が会場に現れ、舞台に上がりマイクを手に取ると、社員達はそれに気づき静かになる。
「お疲れ様です。急な仕事が入り遅れてすみません。毎年恒例の慰安パーティーなので存分に食べて楽しんでく
ださい」と言い終えると社員から拍手が湧いた。
航平の口から出た 「すみません」という言葉も新鮮だったし、いつも命令口調で敬語を聞いたことがないので驚
いていると、舞台からスタスタと降りてこっちに向かってくる。
「楽しんでいるか?」
特に楽しいわけではないが面倒なので
「はい」と答えた。
「あそこにある寿司は一流店の寿司屋だから食っておけ。それにあそこにあるデザートも有名パティシエが作ったものだ。お前、貧乏なんだから食ったことないだろ? しっかり食えよ」と先程の舞台の上での丁寧な挨拶をしていた人と同一人物とは思えない台詞を吐いて、人混みの中に消えていった。
舞台の上では、ゲームなどの催しが行われていて、盛り上がりを見せていた。
それを横目に、さっそくスイーツを取りに行くと一人の女性に声を掛けられた。
「どこの部署の方ですか?」
やばい、部外者だとばれたのだろうか、航平の姿はどこにも見あたらない、ドギマギしていると牧田さんがスッと
寄ってきて
「彼女は社長のお知り合いのお嬢さんです」と紹介する。
女性も疑うことなく
「そうなんですか。初めまして」と挨拶する。
女性は納得した様子で人混みに消えていった。
牧田さんは
「社長は独身なので非常にモテます。社内でも社長夫人の椅子を狙っている女性は沢山います。だから決して本当の事は言わない方が良いです」
本当の事って借金のカタにとられたって事?
モテるなら、私じゃなくても綺麗な女性は他にもいるし、ましてバージンじゃない方が好みなら尚更なのだけど。
よくタイプでもない女と結婚を決められるものだ。不思議に思っていると牧田は
「社長は、口が悪いですけどとても優しい方です。安心して飛び込んで大丈夫ですよ」
意外な言葉に返事が出来ない。
この牧田さんもどこまで事情を理解しているのだろうか、秘書というのは全てを把握している印象があるが、それはドラマの見過ぎだろうか、今までも、この会社で借金をして、売られた女性はいるのだろうかと考えながら、美味しそうな料理を次から次へと口へ運び、お腹がいっぱいになり、考えていたことも忘れて壁に寄りかかっていると
「千那」と声を掛けられ我に返る。
「ボーっとしてないで帰るぞ」と言われて慌てて着いていく。
車の中で航平は
「どうだった? 俺の会社は?」
聞かれても、何とも感想が出てこない。ただ、社員同士は仲良く楽しそうに話していたし、挨拶している航平を見る皆の目は、尊敬の眼差しに見えた。
「まともに働いたことないお前には、まだ、わからないな。まぁ、いい。雰囲気だけ掴めば」
航平は、会社にいるといつも思う。
もしも、俺が社長という立場でなければ、こんなにも女性が言い寄ってきただろうか。
一般の社員だったら、どうだろうか。
普通の男性から見ると、愛想はないし、優しい言葉も掛けられない。
今まで付き合った女性は何人もいるが、いつも
「何を考えているのかわからない」「私の事が好きなのか、わからない」と言われた。
それは、当然のことで、本当に好きだと思って付き合った女は居ないからだ。
告白された女性の中から、一番容姿が好みだったものをチョイスしてきただけだから。
しかし、自分にも責任はあるが、相手も本当に自分のことが好きなのか、常に疑問を抱いていた。
「箕島コーポレーション」の社長と知った途端、告白されることも多かったし、一度寝ると、その後連絡してこない者もいた。
恋愛に本気になる時間と労力があるなら、仕事に打ち込んだ方が、結果が目に見えて充実したので、避けてきたのかも知れない。
中間テストが全て終わり、添削されたテスト用紙が次々と返ってきた。
「ねぇ、千那、どうだった? 数学」と真子はプリントを覗き込む。
その点数を見て
「え! 千那、凄いじゃない。九十点なんて」と驚く。
万年、六十点台や、良くても七十点台をうろうろとしているのを真子は知っている。
これはテスト前に航平の特訓があったからだ。
毎晩、教科書を開き勉強を教えてくれた。
内容だけではなく、効率の良い勉強の仕方や、必ず覚えておかなくてはいけない公式やポンイトを伝授されていた。
数学だけではなく、歴史や国語など全ての教科に渡り、家庭教師のように指導してくれた。教え方は厳しくてイライラしたが、的を射る教え方でわかりやすく有り難かった。
家に戻り、言われていたとおり、全てのテスト結果を航平に見せる。全教科の平均は九十点を超えていた。
「俺が教えたのに満点取れないの?」と褒めてくれると思っていたのに、意外な言葉にがっかりする。
「期末テストはもっと厳しくしないとな」と気が遠くなるような事を言われて落ち込んだ。
カズさんに料理を教わってから、随分と上達したがカズさんのレパートリーが多く、新しく覚えても次から次へと新メニューが出てきた。
和食や洋食だけでなく中華、フランス、イタリア、タイ、ドイツなど各国の料理もレパートリーとして加えられていった。
料理の食材を買いにカズさんと出かけることも多かったが、その際食材の選び方や旬の物を丁寧に教えてくれた。
自分の母親からはこういったことを一切教わったことがなかったので、一緒に買い物する時間は、千那にとっては楽しい時間だった。
普通の家庭に生まれて居れば、当たり前の時間なのかも知れない。当たり前の時間がどれだけ大切でかけがえのないものか、この家に来てから教えて貰った気がしていた。
電気やガスの心配がない事、何気ない挨拶、毎日の手作りの食事、愛情のこもったお弁当、誰かが出迎えてくれる事、横に誰かが寝ている安心感、これらは千那にとって決して当たり前ではなかったからだった。
そして、時々航平の話もした。
カズさんは小さい頃のエピソードを、面白おかしく聞かせてくれた。
男の子なのに虫が嫌いだったこと、お片付けが得意でいつも部屋が綺麗だったこと、バレンタインデーには抱えきれない程のチョコレートをもらっていたことなど、どれも航平らしい話だった。