-宙の果て-
ロープを持ったまま、私が呆然とその場に立ち尽くしていると、彼はサッと木から飛び降りて、長い坂道を下っていってしまった。

その方向を見ながら私は彼の言葉を頭の中で再生する。  


『俺の名前は藤崎樹。明日、楽しみにしてるね』


私とすれ違う時、彼は耳元でこう囁いたのだ。

「いつき」と小さく声に出す。樹、藤崎樹。

不意に、もしかしたら私は死者と会話していたのではないかという疑いが過った。

ここから飛び降りて死んだ霊(生きていた頃の名は藤崎樹)が、私を恨んでいた相手と重ね合わせて、復讐しようとしている……!

「ど、どうしよ、違う、よね?」

自分で想像したくせに何だか怖くなってきた。あり得ないあり得ない。あの人はどっかの気違い学生。よし。

私はこれから家までの道のりで足がすくんでしまわないように、自分自身を戒めた。

「あの人は、少なくとも今は生きてる人だ。しかも明日、私がここに来たら死ぬのをやめてくれるかもしれないんだよ?そうなったら私、救世主」

救世主。いい響きだ。うん、悪くない。
一人で頷きながら、私は誓った。



明日、私は藤崎樹の救世主になる。
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