銀木犀
約束。
「三十歳過ぎてお互い独身だったら結婚しよう」
その約束は決して守られる事はなかった。
確かにこういう約束は、若い頃の照れ隠しや、言葉のやり取りのひとつかもしれない。
恋人同士になりきれていない、フラフラとした間柄のカップルの中では、よく交わされる擬似恋愛のひとつかもしれない。
だけど、僕らはそれまでケンカもしたけど、約束だけは破ったことがなかった。
どういう状況下に置かれたとしても、心のどこかで相手を信頼していたし、たとえそれが遠い過去にした約束であっても、相手が忘れているような些細な約束であっても、絶対に破ることはなかった。
だからそれが、僕らの破った、たったひとつの約束だ。