銀木犀
第10章 手紙
「ユカ〜早くしなさ〜い。いらっしゃったわよ〜」
「は〜い」
下からお母さんが大きな声で呼んでいる。
そんなに急かさなくてもいいのに。
時間はまだたっぷりある。
私は最後の荷物をカバンに詰め、ドアのところから自分の部屋を振り返る。
二十一年間お世話になった部屋。
私がもし失敗したときのため家具はこのままにしとくと、そんな縁起でもないことをお母さんはいったけど、私はもうこの部屋に戻ってくることはないと思う。
「あ〜ゴミ箱いっぱいだあ〜。どうしよっかな?」
破った便箋で溢れかえったゴミ箱は、そのまま私の気持ちを表しているようだ。
どれだけ感謝の言葉を書いても、どれだけ謝罪の言葉を書いても、まったくといっていいほど足りなかった。
だからといって、実際会って話したとしても、それは満ち足りる事はなかったと思う。