イジワル御曹司に愛されています
「絶対に帰ってくるなって。俺がいると、ややこしくなるから」

「…電話、誰から?」

「親父の、右腕みたいな人。俺にもよくしてくれる」


よくしてくれる人すら、そんな判断をするの。一人息子に、父親の死に立ち会うなって、アドバイスするの?

路地に佇む都筑くんの吐く、行き場のない、深い息。


「なんとか、生きてる間にあっちの会社に入りたくて、がんばったんだけど」


きっと感情って、高まりすぎると、表面には出てこなくなるんだな、と伏せた目を見つめて思った。


「ひとりで死なせちゃったよ」


つぶやきは、静かすぎて痛い。

たまらず、腕をつかんだ。彼がぎょっとして目を上げる。


「あの、なにか、したいことない?」

「え?」

「カラオケとか、ボーリングとか…一晩中でもつきあうよ」

「ボーリング?」


ふっとおかしそうに笑う。


「なんでもいいよ、打ちっぱなしでも、ダーツでもビリヤードでも、気の紛れそうなこと。なんだってつきあうよ、今、したいことない?」


必死な私を、さらに笑おうとしていた都筑くんの瞳が、ふと色を変えた。じっと私を見下ろして、念を押すように言う。


「なんでも?」

「…うん」


右腕が私のほうへ伸ばされるのを、他人事みたいに意識していた。背中に回った手が、ゆっくりと私を引き寄せる。

胸の中に私を収めても、都筑くんは力を緩めようとはしなかった。長い指の、一本一本を感じ取れるくらい、強く強く背中に食い込む手。抱き寄せる腕に、こちらを怯ませるような熱がこもる。

その意味が、わからないほど子供じゃない。


「ほんとになんでもいいの」


けれど腕の力強さとは正反対に、力なくかすれる声。耳を打つ吐息に、かすかな震えを感じたとき、彼がこらえている涙が、私に移ってきた気がした。


「いいよ…」


ふりほどけるわけ、ない。

肩越しに見上げた夜空には、なけなしの星たちが、ぼんやりと光っていた。


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