イジワル御曹司に愛されています
彼、のような
『千野寿』


部室棟に行くには、芝の生えた中庭を囲む外廊下を通らなくてはならなくて、その中庭にはたいてい、あの人がいた。女の子と一緒に。

無視して逆上されても嫌だし、でも会話できる相手じゃない。


『…はい』

『めでたそうな名前』


伸ばした前髪の間から、ぶしつけなまなざしが向けられる。

なんでそんなことを言われなきゃならないのか、その発言の意図はなんなのか、怒らせたいのか泣かせたいのか、ちっともわからない。

私には考えられないほど身体を密着させた女の子が、彼のセーターを引っ張って、私への無関心を表明する。

なだめるようにその肩を抱いて、都筑くんは私との会話を続けた。


『部活?』

『そう』

『がんばって』


口元に浮かんだ笑みを、蔑んでいると受け取るのは、私が卑屈だからか。

本心だろうが違おうが、励ましをもらった以上はお礼を言わないわけにいかず、『ありがとう』と小声で返して足早に廊下を進んだ。

いつから始まったのかも覚えていない、卒業するまで続いたことは覚えている、彼とのこういうやりとりは、特に不満もなかった高校生活の記憶に落ちる、ただ一点の黒い染み。

──だったのだけれど。




「何度言わせんの? お前が泣いて問題が片づくならいくらでも泣かせてやるよ。残念ながらそんな奇跡は起こらないの。せいぜい頭使え」

「ごめ」

「謝るな」


せめてどちらかさせてください。気持ちのやり場がないです。


「どうしよう、研究部門の人に頼むべきかな…」

「俺に言われても知るか」

「独り言なので…」


都筑くんは、声にこそ出さないものの「うざい」とはっきり顔に書き、脚を組んで資料を開いた。

しんとした会議室で、壁の時計の音がまるで自分の心音に聞こえる。うう…と再び泣きたくなった。
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