イジワル御曹司に愛されています
「反抗的なのも嫌いじゃないけど。お友達もいることだし、あんまり意地張らない方がいいよ。はいこれ、サインして。印鑑どこ?」


言うが早いか後ろの男の人たちが、机の引き出しやクローゼットの中を荒っぽくひっくり返す。整頓された部屋がみるみる乱雑に散らかり、その無遠慮な物音に、私はすくみ、都筑くんの服をつかんだ。

結局一番最初に開けた机の引き出しにあった印鑑を、ひょろっと氏が満足げに受け取った。封筒の中から何枚かの書類を出して、テーブルに広げる。


「こっちが譲渡契約書、こっちが会社への承認申請ね。サインと印鑑さえもらえたら、面倒なことは全部こっちでやっとくから、はい」


目線を合わせるようにしゃがみ込むと、都筑くんの手にペンを握らせる。


「…叔父さんに会いたい」

「会ってもなにも変わんないよ」

「いいから会わせろ」


舌を出せば鼻先を舐められるくらいの距離で、じっと都筑くんを見ていたひょろっと氏は、くすっと笑って胸ポケットから携帯を出した。


「あ、どうも。名央くんがね、どうしても怜二(れいじ)さんに会いたいそうで。これやらせてるのが大好きな叔父さんだって、まだ信じたくないみたいなんですよねえ。はい、すみません、来られます?」


都筑くんに粘っこい視線を向けたまま、これ見よがしに大きな声で話す。

やがて、すぐ近くにいたんだろう、待ったという意識もないうちに、部屋のドアが開き、ひとりの男性が入ってきた。

聞かなくてもわかった。この人が"叔父さん"だ。だってそっくりなのだ。すらりとした身体つきも、顔立ちも、親子と言われても疑わないくらい、都筑くんによく似ている。

ほかの人たちと同じように、革靴のまま上がってきた怜二さんは、ビジネスマンらしいスーツ姿で、長身のてっぺんから私たちを見下ろした。


「俺に会ってどうするつもりだったんだ、名央」


声まで似ている。

都筑くんが、私に回していた後ろ手で、なにかを探った。私の手を見つけると、身体の陰でぎゅっと握る。

その手は、ひんやりと冷たい汗をかいていた。

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