イジワル御曹司に愛されています
盛大なため息が聞こえてきた。


『名央がトロフィーワイフ症候群の予備軍だったとはね』

「ごく当たり前の、男の心理だろ」

『主語を大きくして自分をごまかすんじゃありません』


言い返す前に切られた。

携帯はまだ、割り込んできた着信を伝えている。出る気が起きない。

結局あれだろ? 今日はもう腹を立てる日だって決めて、対象はなんでもよくて、頭に来るものを積極的に探して、見つけてはイライラをぶつけてるだけだろ?

つきあってらんねえよ。

震え続けている携帯の電源を落として、ジーンズのうしろポケットに突っ込んだ。本やノートをバッグに入れ、トレーを持って席を立つ。

帰って郵便を待つんだ。


──好きでもないものに時間を割くのはやめなさい。


小さなころから名央に多くの訓示を授けてくれた、久芳の声。

…好きなものなんて、あったかな。

妙に空っぽな気分で、そんなことを考えた。


* * *


母の嘉穂(かほ)は庭に出ているようので、声をかけずに自室まで上がった。

無駄に大きい実家には、置きっぱなしにしている荷物もあるので、たまにこうして取りに帰る。だが泊まりはせず、食事をしていくこともない。

半年ほど前、叔父と母親の関係に気づいたときから、名央はそうやってふたりと慎重に距離を取っていた。

真冬の服をクローゼットにしまい、代わりに春夏の服をバッグに詰める。それと本も何冊か入れ替えた。

親の金を使えばいくらでも贅沢のできる名央が一人暮らしの住まいに選んだのは、平均的な6畳の部屋で、住んでみて気づいたのだが、ものが入りきらない。

あれこれ溜め込むほうでもなく、衣装持ちというほどでもない名央でこれなのだから、捨てられない人間なんて、即生活が滞るのも当然だと思った。


「名央、帰ってきてるの」


階下から聞こえた声に、ぎくっとした。ドアに向かって大きめの声を出す。


「うん、時間ないからすぐ出てく」

「あらそうなの」
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