イジワル御曹司に愛されています
がっかりしているようでもあり、関心がないようにも聞こえる、母の声。

もとからどんな友人の母親と比べても格段に若く、美しかった名央の母は、今でもその輝きを留めており、それが名央には居心地悪く感じられる。

昔は母が自慢だった。15歳になったとき、久芳を介して両親のなれそめが明かされ、幼いころからなんとなく感じていた親族からの冷ややかな視線の理由にようやく納得がいき、同時に母の生活感のなさにも納得した。

家事をしないわけでも着飾ってばかりいるわけでもない。だが不思議と、嘉穂には生活感がない。

歳を取るのを忘れてしまったような儚さといい、安っぽさのない美貌といい、庇護する必要を感じさせる幼さといい、まさに彼女は、社会的地位を得た男がそばに置きたいと願う女、そのものだ。

そして実際、そのものだったわけだ。

吹き抜けになっている階段を下りていくと、花のような香りが鼻をついた。


「お茶を飲んでいく時間くらい、あるでしょう?」


階段を下りた先にあるダイニングルームで、ゆったりとしたワンピース姿の母親が、口元を微笑ませて、白い手で紅茶を入れている。


「…うん」


名央は肩にかけていた大きなバッグを玄関ホールに置き、ダイニングに入った。

実際電車の時間までそう余裕がないのは事実なので、立ったまま紅茶を飲み、きれいに並べられたクッキーをひとつつまむ。

母親の目を盗んで、紅茶の缶の裏を確かめた。インド産と英語で書いてある。

インドといえば、アジア向けの工場がある場所だ。戦略部長のポジションにある怜二なら、年に何回か必ず訪れているはずの場所。


「叔父さんの土産?」


聞こうかどうか迷い、結局聞いた。

金の脚のついたワゴンにスコーンを載せてキッチンから戻ってきた嘉穂は、一瞬表情をこわばらせ、それからぎこちなく微笑んだ。


「おいしいでしょう?」


やましさから目をそらした、不自然な明るさ、隠しきれていない喜び。そんな心理を読み取って、名央は悲しくなった。

父さんがかわいそうだ。

妻と弟から裏切りにあい、病を抱え、それでも孤高のトップとして会社では君臨しなければならない。

あんまりだ。

胸になにかつかえたようになり、紅茶を飲み干すことができず、半分ほどをカップに残して、名央は実家を後にした。

< 168 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop