イジワル御曹司に愛されています
都内のマンションに戻ると、大家が自家用車を置いているガレージに、いつも見かける猫がいた。珍しい、茶トラのメスだ。

ガレージ内のキャビネットの上に鎮座し、名央を見つけるとほんのわずか首をかしげて、マンションに入るのを許可してくれる。


「こんな時期にうろついてたら、サカったオスに襲われちゃうぜ」


紳士として忠告してみると、「おかまいなく」と声が聞こえてきそうな澄ました視線が返ってくる。

なんだよ、心配してやってるのに。


「美人には、バカな男が群がるんだからさ」


愛嬌のある幼い顔立ちに、相反する色気を器用に漂わせ、茶トラは名央への関心を失ったように、毛づくろいを始めた。


* * *


「また辞めるの?」

「怜二の圧力があったのは間違いないですね」


いったい父親の会社は、どうなっているのか。

久芳に呼び出され、近所のファミリーレストランで手書きのメモを見せられた名央は、底知れぬ不安に顔をしかめた。

久芳のメモには、幹部構成員の名前がいくつか書いてある。いずれもたたき上げで、会社の拡大に貢献した人物たちだ。


「後任は?」

「当然ながら怜二の息のかかった候補者が挙がっています」


ため息が出た。

名央は幼少のころから、父親の会社の内部構造を、それとなく久芳から教えられて知っていた。意味を理解するより先に、トリシマリヤク、シッコウヤクイン、ジギョウブチョウ、と暗記し、人が入れ替わるとまた覚え直す。

当たり前の習慣と化したそれの、意味がわかるようになったのは中学生のころで、人が入れ替わるときに裏で働いている意図が読めるようになったのは高校生のころだ。

目利きの久芳は、いずれ要職につくであろう有能な社員のリストを常に持っていた。それを惜しみなく与え続けられた名央は、当然ながら、現在の幹部たちの来歴のほとんどが頭に入っている。

自分がその情報を持っていることの重大さに理解が及んだのは、大学への進学を意識する時期になってからだった。


「うまいよね、幹部になってから結果を出してない人を狙ってる」
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