イジワル御曹司に愛されています
「とっくにしてるよ」


パーカーのポケットに手を入れ、背もたれに寄りかかった。覚悟なら二年前、陽一が病に倒れ怜二の社内での振る舞いに変化が現われたと聞いたときからできている。

子供がいないせいか、昔から頻繁に神奈川の家を訪れては名央をかわいがってくれた叔父。出生の秘密を知った名央が、幼い反抗心と承認欲求を持て余して荒れはじめたときも、にやっと笑っただけで、なにも言わずにいてくれた。

彼は自分を敵側に置くだろう。その直感はきっと正しい。表立って叔父はまだ名央への態度を変えることはなく、名央もこれまで通り接している。

けれどそこにわずかな警戒心が潜みはじめたことに、気づかないほど怜二も鈍くないはずだ。そして名央が警戒心を抱いたのには、怜二の奥底の変化を、無意識に感じていたからにほかならないのだ。


「ちょうど、俺はほかの会社で修業したほうがいいんだろうなって思ってたし」

「いい心がけです。名央ならどこへ行ってもやっていけますよ」

「いい加減そうやって甘やかすの、やめてくれない?」


親よりも親バカな発言に文句をつけると、久芳は穏やかに笑った。この男も、結婚してはいるが子供はいない。

名央はたまに、父親が三人いるような気になる。




陽一の病状は好転せず、怜二の暗躍は加速した。

名央は同級生たちと同じように就職活動をし、二社から内定をもらい、迷った末、ビジョン・トラストに入社を決めた。




「あの協会はどうだろうなあ、過去何度も断られてる」

「断る理由を教えてくれました?」


チームの先輩社員が、記憶を探るようにうーんと唸った。


「『うちはそういう団体じゃない』とか、そういう取り付く島もない系だったって聞いた気が」

「なるほど」


開放的なインテリアのオフィスで、名央はうなずいた。

薄い天板の大きなテーブルデスクは、チームごとにいくつか与えられ、どう使ってもいい。名央たちクリーンエネルギーのチームは、ひとつを事務局担当、ひとつを誘致担当と分けて、テーブル内での着座位置は自由とされていた。
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