イジワル御曹司に愛されています
大きな声を出したのは、テーブルの端にいた古田(ふるた)という上司だった。名央は外出していた彼が戻ってきていたことにも今気づき、すぐに報告をしなかった自分に愕然とした。

急いで席を立とうとしたが、それより先に古田が猛然と寄ってきて、「都筑、お前、やったな!」と背中を叩いた。周りのメンバーも色めき立っている。

肝心の名央自身は、完全に盛り上がりに乗り遅れ、輪の中心で笑いながらも心は別の場所にあった。

いつも外回りから帰ったらすぐ整理する名刺入れは、上着のポケットにしまい込んだままだ。もう一度出して見る勇気すらない、まさか再び巡り会うなんて思いもしていなかった名前。


『千野寿』


間違えようがない。そもそも名刺をもらう前に気がついていた。ちっとも変わっていないから。通された応接室に、向こうが入ってきた瞬間わかった。

肋骨のあたりに、革の名刺入れの重みを感じる。つい上着のその部分に手をやった。

あまりに痛くて、自覚したその日に封印した想い。

子供じみた自分が恥ずかしすぎて、罪悪感が重すぎて、思い出さないようにしてきた。いつの間にか、あれから7年半もたっていたのか。


「"協力"に協会の名前を書けるってだけで展示会に箔が付くな」

「これは都筑、功労賞もらえるんじゃないか?」


周囲の声が遠くに聞こえる。

あった。思い出した。

そうだった、確かにあった。


──好きなもの。

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