イジワル御曹司に愛されています

Part 2

千野は最初、気づいていなかった。初めて顔を合わせる取引先に対するものとしては、名央からすれば人懐こすぎると感じる笑顔を浮かべて、上司の後から入ってきた。

変わっていなかった。

当然、年齢のぶんほっそりと大人っぽくなってはいたし、当時はしていなかった化粧もしていたし髪型も服装も違う。だが控えめなのに暗くなく、柔らかなのにもたつく感じのない、どこか軽やかな雰囲気は、昔のままだった。

前より少し、明るくなったかな、と感じた次の瞬間、愕然とした。

彼女が明るくなったわけじゃない。当時、名央の前で、彼女が明るさを見せていなかっただけだと気づいたからだ。名央がそうさせていたから。

それを証明するように、名刺を受け取った瞬間、千野の顔がこわばった。

小柄な千野が、みるみる緊張し、警戒心をにじませ委縮していくのを、泣きたいほどの後悔に襲われながら見守った。

やっぱりそうなるよな。

会いたくなかったよな、あれだけ言ってたんだもんな。

ごめん。


「おい、都筑ってば」


気づくと倉上がこちらをのぞき込んでいた。

弾かれたように顔を上げた名央を、びっくりした顔で見ている。しまった、またぼんやりしていた。


「悪い…なに?」

「や、協会さん取ってきたんだろ? 雰囲気どうだった、と思って」

「ああ…」


そうだ、倉上にも報告しなければいけなかったのに。


「歓迎ムードだったよ。でも慣れてなくて、戸惑ってる感じはあった。お前たちのほうでかなり手厚くフォローしてもらったほうがいいかも」

「天下りのじーさんだった?」


都筑のデスクに腰をかけ、楽しそうに尋ねてくる同期に、言葉が続かなかった。


「いや、ええと…今日は担当者本人より、その上司と主に話してきた」

「上司出てきてくれたんなら、向こうもけっこう本気だな。どう? 話のわかりそうな人だった?」

「かなり。協会でも異色な印象を受けた」
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