イジワル御曹司に愛されています
「いえ、わかりませんけど。でもあきらめるべきことなんて、人生に実はそんなにないんですよって、教えたでしょう」
「あ、そういうこと…」
よかった。
ほっと胸をなでおろし、いい具合に煮えた鍋から自分のぶんをよそう。
そんなにはなくても、少しはある。そしてこれは、その"少し"に当たるのだと思っている。だからいいのだ。
千野もあれでもう、名央に愛想が尽きただろう。父親を亡くした悲しみを盾にとった、許されるわけがないほどの勝手。
人がいいにもほどがある。突っぱねてくれてよかったのに。悲鳴を上げて通報してくれたってよかったのに。
けれど優しい千野がそうしないことを名央はわかっていたし、だからこそ甘えた。千野は名央の要求に、全力を超えて応えてくれた。
温かい、華奢な身体。不慣れでぎこちない動き。戸惑いがちな声。全部を名央に捧げて、慰めてくれた。
細い手は、想いを込めたら折ってしまいそうで、怖くて握ることができなかった。
「仕事もきれいに片づきそうだし。これで心置きなく親父の会社入れるよ」
「もう陽一の会社ではないんですよ」
「誰が後任になるの? まさか叔父さんはないでしょ?」
「陽一が指名でもしていれば別でしたけれどね。今回の場合は順当に、副社長が上がるようです。そうじゃなければさすがに誰も納得しないでしょう」
「だよね」
副社長は中立の人だ。新卒からあの会社にいるプロパーで、社内の事情にも詳しい。そのうえで陽一をサポートし、怜二の誘惑にも妨害にも負けず淡々と今の地位まで昇った。
「これでしばらくは安心だ」
「吹っ切れたついでに気まで緩んでしまったんですか。安心なわけないでしょう、怜二は空いた取締役の席になんとしてでも潜り込もうと急ぐでしょうし、あなたの株式も狙われている」
「ちょっと一息つかせてくれたっていいじゃん…」
忌中いっぱいとは言わない。だが弔事休暇の間くらい、ひと段落したと思わせてほしい。気のせいだとしても。
「休暇はいつまでですか」
「5日もらってるけど、早めに切り上げて会社出る。仕事あるし」
「油断しないようにね」
口うるさい久芳に、「わかったよ」と苦笑しながら返した。
「あ、そういうこと…」
よかった。
ほっと胸をなでおろし、いい具合に煮えた鍋から自分のぶんをよそう。
そんなにはなくても、少しはある。そしてこれは、その"少し"に当たるのだと思っている。だからいいのだ。
千野もあれでもう、名央に愛想が尽きただろう。父親を亡くした悲しみを盾にとった、許されるわけがないほどの勝手。
人がいいにもほどがある。突っぱねてくれてよかったのに。悲鳴を上げて通報してくれたってよかったのに。
けれど優しい千野がそうしないことを名央はわかっていたし、だからこそ甘えた。千野は名央の要求に、全力を超えて応えてくれた。
温かい、華奢な身体。不慣れでぎこちない動き。戸惑いがちな声。全部を名央に捧げて、慰めてくれた。
細い手は、想いを込めたら折ってしまいそうで、怖くて握ることができなかった。
「仕事もきれいに片づきそうだし。これで心置きなく親父の会社入れるよ」
「もう陽一の会社ではないんですよ」
「誰が後任になるの? まさか叔父さんはないでしょ?」
「陽一が指名でもしていれば別でしたけれどね。今回の場合は順当に、副社長が上がるようです。そうじゃなければさすがに誰も納得しないでしょう」
「だよね」
副社長は中立の人だ。新卒からあの会社にいるプロパーで、社内の事情にも詳しい。そのうえで陽一をサポートし、怜二の誘惑にも妨害にも負けず淡々と今の地位まで昇った。
「これでしばらくは安心だ」
「吹っ切れたついでに気まで緩んでしまったんですか。安心なわけないでしょう、怜二は空いた取締役の席になんとしてでも潜り込もうと急ぐでしょうし、あなたの株式も狙われている」
「ちょっと一息つかせてくれたっていいじゃん…」
忌中いっぱいとは言わない。だが弔事休暇の間くらい、ひと段落したと思わせてほしい。気のせいだとしても。
「休暇はいつまでですか」
「5日もらってるけど、早めに切り上げて会社出る。仕事あるし」
「油断しないようにね」
口うるさい久芳に、「わかったよ」と苦笑しながら返した。