イジワル御曹司に愛されています
ぎょっとして振り返ると、短い髪の、気のよさそうなお兄ちゃんが、にこっと笑いかけてくる。


「こんばんは」

「…こんばんは」

「時間あります? すごい雰囲気好きだなって見てて、よかったらなにかおごらせて」


うわあ、こういうノリか。

無理無理、と思いながら無視するも、原付はぴたっと横について離れない。歩く速度を速めたくても、足が痛くてできない。

このままじゃマンションに入れない。自宅はスルーして、適当な建物に入っちゃおうか、でも追いかけてきたらどうしよう…。

こういうのって、男の人は軽い気持ちなのかもしれないけれど、こちらからしたら恐怖しかないの、わからないんだろうか。

なにもされていないのに悲鳴をあげるわけにもいかないし、そもそも声なんて出ない。不安に涙ぐみそうになったとき、ガシャンと大きな音がした。

えっ。

振り返ると、お兄ちゃんが原付ごと道路に倒れている。

その横には、原付を蹴り倒したのであろう足を腰の高さに上げたままの、都筑くんがいた。

え、都筑くん?

ポケットに手を入れた彼は、呻いているお兄ちゃんを冷ややかに見下ろし。


「くだらねーことしてんじゃねーよ」


侮蔑に満ちた声でそう吐き捨て、私の手からコンビニの袋を取り上げて歩きはじめた。


「都筑くん…」

「おい、待てよ、てめえ」


そこにお兄ちゃんが、ふらつきながらつかみかかる。ヘルメットをしていなかったせいだろう、額に血をにじませている。

肩を無造作につかまれ、荒っぽく振り向かされた都筑くんは顔色ひとつ変えず。


「え、なに?」


静かなのに妙に凄みのある目つきを投げて、相手を黙らせた。

不愉快そうな舌打ちと、去っていく原付の音。

ぼんやりと見送っていたら、頭のてっぺんに衝撃を受け、私は思わず声を上げてそこを押さえた。


「いった!」

「お前…なにやってんだよ、その足で、こんな時間に」


都筑くんに叩かれたのだ。正確に言うと手刀をくらった。


「こんな時間ったって…まだ12時前だよ」

「十分遅せーよ、なんだその無防備な服。走って逃げることもできないくせに」


言われて、自分が部屋着にコートというとんちんかんな格好であることを思い出し、ぎゃあっと羞恥心が駆け上がってくる。

しかし都筑くんは腹立ちのほうが先に立っているらしく、私を指さしてさらに声を荒げた。
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