イジワル御曹司に愛されています
「今後は事務局の担当者がうかがいます。セミナーにかんする、弊社の進捗のご報告が主ですが、ご相談させていただくことも出てくると思いますので」

「そうですか。都筑さんとお会いできなくなるのは残念だな」

「僕が御社担当であることには変わりないので。これからも見えないところで働かせていただきますよ」


残念そうな松原さんに、安心させるような笑顔を向ける姿を見つめた。

そうか、都筑くんとの仕事は、もう終わってしまうのだ。


「ノベルティが非常用グッズって、面白いね」

「これだけでも、会社の目の付け所のよさと実行力がわかるよね」


ビジョン・トラストのロゴが入ったアルファ米や発電式のハンディライトを見て、部の人たちが感心したように言う。まったく同感。


「こっちは、濡れても書けるノートだって」

「仕事柄、あらゆる業界とつきあいがあるだろうしね。持ってる情報量、半端じゃないんだろうなあ」


自分のデスクで、完全防水の容器に入った小さな救急セットを見ながら、そうなんだろうなあ、と私もぼんやり考えた。

たまたまその中のひとつが、うちだっただけで。その担当者が私だっただけで。それは彼の仕事の、ごくごく一部でしかなく、知らないところでは知らない誰かのために、都筑くんは動いている。

当然なんだけれど。

挨拶の間、目も合わせてくれなかった都筑くん。

別にいいじゃない、と自分に言い聞かせた。

もとはもっと最悪な関係だったんだし、再会してそれがちょっとましになっただけでも、よかったじゃない。別に仲よくなる必要、ないんだから。

必要ないんだから…。


* * *


ちょっと早く着いちゃったな、と思っているところに、ちょうどあかねからメッセージが来た。


【ごめん仕事押した、5分遅れる! あったかいとこにいて】


オッケー、慌てずに、と返し、時間をつぶせそうなところがあるかなと見回した。ふたりで新年会がてら、リッチな食事をしようと繰り出してきた都心。


「あんまりこっちのほう、来ないんだよね…」


興味が出たので、時間まで歩くことにした。

巨大なビルが並び立ち、建設中のものもある。帰宅時間ということもあり、ビジネスマンが足早に駅を目指している。男性も女性も、みんなしゅっとしていて、ザ・オフィス街だ。
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