イジワル御曹司に愛されています
これから行くレストランも、オフィスビルの上階にある。

いいなあ、こんな環境で仕事していたら、やることなすこと洗練されそう。

素直にうらやんでいたら、あるオフィスビルの敷地の入り口に立っている銀色のプレートに目が留まった。フロアごとのテナント名が書いてある。

24階から29階までを使っているのが…"ビジョン・トラスト"。

えっ。

思わず足を止め、てっぺんが見えないくらいの高層ビルを見上げた。ここ、都筑くんの職場?


「すごい」


こんなところから、小さなうちの会社に来てくれていたんだ。言われてみたら、都筑くんの雰囲気は、このあたりと完全にマッチする。

バカバカしいと自覚しつつ、会えないかなあ、と考えた。

何千という人が働いているだろうこんな大きなビルで、たったひとりの知っている人になんて、会えるわけがないのに。

でも、ビルから出てくる人波の中に彼がいれば、これだけ暗くても、きっとすぐわかるんだけどなあ。

そう思って往生際悪くあたりをうろついていると、ふっとひとりの男の人に視線が吸い寄せられた。

どうしてなのかわからない。同じタイミングでガラス扉をくぐってきた人たちは何人もいるのに、彼にだけ光が当たっているみたいに、はっきり意識できる。

左手に提げていた鞄を持ち替えて、腕時計を見る。足早にこちらに向かってきた彼は、ふと顔を上げた瞬間、私に気づいた。


「…千野」

「都筑くん…」


彼の足取りがだんだん緩くなり、私の前で止まった。同行者を探すように、その目が私の周囲を探ったので、「あかねを待ってるの」と急いで説明した。


「待ち合わせしてるの、そこのビルのレストランに行こうって」

「ああ、最近入ったとこ」

「知ってるんだ」


さすが、と隣のブロックのビルを指さしたまま尊敬のまなざしを送った。

都筑くんはポケットに手を入れて、私の指したほうを見たまま小さくうなずく。


「まあ」

「やっぱり営業さんだと、そういう情報も…」

「都筑くん、こっち!」


えっ。
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