イジワル御曹司に愛されています
温かい身体から、男の人らしい清潔な香水の香りを直接嗅ぐはめになって、くらくらする。

私は飲みすぎたという嘘もさぞ納得してもらえるだろう真っ赤な顔で、酔ってもいないのに足をもつれさせながら、会場を出たときには心底ほっとした。

人目がなくなったところで、ぱっと手を離され、よろけた。都筑くんがそんな私の腕を取って廊下を進む。ふらふらとついていったら、人気のない自動販売機のコーナーのベンチに座らされた。

小銭の音、ピッという電子音、ガタンと飲み物が落ちてくる衝撃音。ひやっとしたものが頬に当てられ、私はようやく我に返った。


「ありがとう…」

「どういたしまして」


小さな水のペットボトルだった。都筑くんがもう一本なにか買い、隣に座る。持っているのは予想通り、ブラックコーヒー。


「あの…先生とちゃんと話せた?」

「話せたけど、あんな卑怯者のエロ親父にもう用ない。俺がなんとしてでもセミナーから弾き出す」

「そんな」

「ほかにも大事なお客さんがいるんだ。そういう場でおかしなまねされちゃ困るんだよ。うちは間接的な仲介業でもある。信用を落とす奴とはかかわらない」


なるほど…。

喉を通る冷たさが気持ちいい。お酒でなく、人に酔っていたのかも。

会場ほどではないにせよ、ここも暑い。都筑くんも同じらしく、珍しいことに、喉元のボタンを外し、ネクタイをゆるめた。


「悪かったな」

「え?」


長い脚を投げ出して、先を重ねるように組んでいる。こんなに長さがあったら走るの楽しいだろうな、とまったく関係ないことを考えていたので、突然の謝罪に慌てた。


「あっ、え、なにが?」

「この間、態度悪くて。あれ、ただの八つ当たりだから、気にしないで」


コーヒーの缶の縁を噛む、コツコツという音が聞こえてくる。
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