イジワル御曹司に愛されています
「なんか、千野らしいよなあって思って見てた。へったくそだなあって」

「え、な、なにがへたくそ?」


自分で言っておきながら、確証がないみたいに首をひねり、都筑くんが言う。


「自分を出すのが?」


びっくりした。

それは私の、当時の悩みそのものだったから。

どうしてもっと自分を出せないんだろうって。どうして言いたいときに、言いたいことを言えないんだろうって。


「ま、いいや。とりあえず、じゃあな」

「あっ、…待って」


全然よくないよ。この話、一度終わらせたらもう、する機会なんてない。

立ち去りかけた都筑くんを追いかけ、汗ばんだ手でバッグのハンカチを取り出したとき、コツンと足元になにかが落ちた。

それは都筑くんのほうまで転がっていき、彼に拾われる。


「あ…」


手の上に載せた、以前私にくれた飴を、都筑くんはじっと見つめた。


「…いらないんなら、引き取るよ」

「いらなくない」

「食ってねーじゃん」


取り返そうと手を出したのだけれど、ぱっと飴を握り込まれてしまう。


「食べるタイミングがなかっただけ」

「それをいらねーって言うんだよ」


怒るでもなく、気分を害した様子もなく。かえってその平静さが、私を焦らせる。


「もったいなくて、食べられなかったの」

「非常用かよ」

「都筑くんがくれたから、大事にしてたの!」
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