イジワル御曹司に愛されています
ちょうどその瞬間、廊下の突き当たりのドアが派手な音を立てて開いた。というより、奥から出てこようとしていた台車が、ドアにぶつかったらしかった。

ベスト姿の従業員さんが、申し訳なさそうな顔で現れ、台車を押してまたすぐ近くのドアへ消えていく。

私たちは同時にそちらに目をやり、同時に相手に戻した。気勢をそがれてしまい、なんの話をしていたのかすら宙に浮いて、あやふやに散りかけている。


「…そう」

「うん…」

「なら、はい」


都筑くんは無造作に、私の手に飴を握らせると、エレベーターのほうへ歩きだしてしまう。えっ、行っちゃうの。

"それどういう意味"とか、聞いてくれないの。聞いてもらえないなら、私もせっかくの考える機会、逃しちゃうよ…。


「つ、都筑くん」


呼びかけてみると、止まってくれた。


「なに」

「あの、次、いつ会えるかな、その、打ち合わせとか」


振り向いた彼が、ちょっと考えるように目を宙にやる。


「たぶん来週。倉上とお邪魔すると思う」

「そう」

「それより、そっちは?」

「え?」


顔だけこちらに向けていた彼が、身体ごと向き直ってくれる。


「アップデート、待ってるんだけど」


軽く小首をかしげて、私の反応を探るように。けれどどこか、偉そうに。私は一瞬、なんのことかと戸惑い、すぐに『寿の街歩き』のことだと理解した。


「ある、あるよ、喜んでもらえそうな新情報…!」


勢い込んだ私に、都筑くんは目を見開いて、それから満足そうに微笑んだ。


「だったら、さっさと連絡してこいよ」
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