イジワル御曹司に愛されています
ゆっくりと、一歩後ろに足を踏み出して、歩きながら身体を反転させる。完全に向こうを向いてしまう直前、彼が肩越しにこちらを見た。

思わず手を振った。

都筑くんが笑う。けれど手を振り返してはくれずに、そのまま行ってしまう。

私は飴を握りしめて、騒がしい自分の胸を押さえつけていた。



その後誰に挨拶をして、どうやって家に帰ったのか覚えていない。

頭の中は、卒業式の断片的な記憶と都筑くんでいっぱいだった。


『もう会わずに済むのが嬉しい』


確かに、当時の私に、ものすごく度胸があったなら、そんなことを言ってもおかしくない。だってそんな心境だったのだ、実際。

でもでも、とソファの上で丸くなって、テレビをつけた。あの日都筑くんが見ていたのと同じニュース番組が流れてくる。

私が放った、そんな一言を、どうしてまだ覚えているの。私が都筑くんを嫌っていると、ずっと信じていたの?

そんなわけないじゃない。今の都筑くんを嫌う理由がないし、当時ですら、別に嫌いだったわけじゃない。ただ怖くて、苦手で、近寄らないでほしかっただけ。

なんで私なんかの一言で、そんな。

いろんなものに恵まれていて、人の羨むものを全部持っていて、勝ち組から転落したことのないような都筑くんが、なんだって私なんかに、そんな。

突如、携帯が鳴って、びくっとした。

テーブルに置いておいたのを手を伸ばして取る。あかねだ。


「はい」

『ちょっとー、未沙につきあわされてんだけど、出てこられない?』

「え、未沙ちゃん?」

『都筑の愚痴大会だよ、もう。この間一緒にいるとこ見たじゃない? あれからごはん食べに行ったらしいんだけど、相当つれなくされたらしくてさ』

「あ…そうなんだ?」

『唯一食いついてきたのが名刺渡したときで、"ちょうどここと取引したかった"とか言って、これこれこういう案件なんだけど、担当者を紹介してもらえないか、みたいな。それが最長の会話だったとかなんとか』


都筑くん…。
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