イジワル御曹司に愛されています
『根がまじめなのよって寿の言葉借りといたから』

「お疲れさまだね」

『寿も来てよー、私じゃ"要するにあんたに興味ないんでしょ"しか言えないんだよ。でも言うと怒るしさあ。最近の都筑の話聞かせろって言われたって、知らないしさあ』


さっそく怒っている声がここまで聞こえてくる。


「ごめん、今日はもう帰ってきちゃったの」

『役立たず! あれ、ところでそっちこそなにかあった?』


ぎくっとした。あかねの勘はすごいのだ。


「ないよ、なんで?」

『声が明るいからさ』


えっ、明るい?

戸惑って混乱して思い悩んでいるんだけれど、明るいの、私?


「そ、そんなこと、ないと思うんだけど」

『ヘビーな仕事でも片づいたの?』

「いや、特には…」


あかねが沈黙し、『ふーん』と言う。


『ま、いいや。ねえ都筑の写真持ってたりしないよね? 撮ろうとしたら携帯割られる勢いで拒否されたんだって』

「持ってるわけないじゃない」

『だよねー、じゃ、またね。おやすみ』


おやすみ、と言う前に通話は切れていた。

仰向けになって携帯を見つめた。写真かあ。確かに、この画面の中に、いつでも見られる都筑くんがいてくれたら、すごくいい気がする。でもきっと撮らせてもらえないな…。

いやその前に、なにを考えているの、私。

慌てて携帯をテーブルに放り、妙な妄想を振り払った。アイボリーの天井に、手すきガラスのランプシェードがうねり模様を落としている。

胸を押さえる。とくとく鳴っている。

私はこの音を知っている。残念ながら経験からではなく、知識で。

だけどもう少し、聞こえないふりをしていたい。今、これを大事にしすぎると、なにかを壊してしまう気がするから。

だからもう少しだけ、聞こえないふり。

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