イジワル御曹司に愛されています
「あ、ようやく思い出したんだ?」

「うん、あの、ごめんなさい、本当に」

「いいって」


定時少し前に、駅のあたりにいると都筑くんから連絡が来て、飛んでいくと本当に駅前で待っていてくれた。そこから一緒に帰って、うちと都筑くんの家の間あたりの地域を重点的に案内して、最後にこの飲み屋へ。

都筑くんがデキャンタのワインを私のグラスに注ぎつつ、一面黒板でできた壁に書き殴ってあるメニューを眺める。


「この間来たときはね、ブロッコリーのペペロンチーノがおいしかった」

「誰と来たの?」

「え? ひとりで…」


向こうの目が、驚きを表すように一瞬、大きくなった。


「意外だな、そういうの平気なんだ」

「できたら誰かいてくれたほうが楽しいけど、そういう機会を待ってると、行きたいところを逃しちゃうから」

「相対的に譲れないほうを優先してるんだな、それならわかる」


ワイングラスを軽くぶつけて乾杯する。甘くて軽くておいしい。


「わかるって?」

「お前らしいってこと」


創作イタリアンというこのお店は、気軽に入りたくなる店構えの通り店内もカジュアルで、オレンジ色の押さえた照明に、床もテーブルも椅子もダークウッド、刷毛の跡が大胆に残る塗り壁には落書きみたいなアルファベットと絵が描いてあり、一方の面がメニュー代わりの黒板になっている。

テーブルの上には、小さなガラスのカップに入ったキャンドル。

いつの間にか慌ただしく突入した二月、厳しい寒さに耐えて駅から歩くこと10分弱、外からも中の温かみが見て取れるこのお店は、まだ早い時間なのに満席だ。


「タリアータってなんだ」

「なんだろうね」


ちょこちょこオーダーしては、黒板を眺める。やっぱりここ、どれもおいしい。高すぎないし、メニューも多すぎず厳選されている感じがいい。


「倉上さんみたいな同期、ほかにもいるの?」

「あとひとり、違うチームにいる。うち基本は中途採用で即戦力をガツガツ取ってく方針だから、新卒で入る奴、すごく少ないんだ」

「すごいね、そんな狭き門に」

「マイナーといえばマイナーな業界だからな。受けた奴も少ないんじゃない?」
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