イジワル御曹司に愛されています
「…行かないって、どうして?」

「会っちゃうだろ」

「会ったっていいじゃない」

「俺はいいけど、千野は嫌だろ? プライベートで俺と遭遇するとか」


ぽかんとしてしまった。

ここでも出た、都筑くんの"お前は嫌だろ"。


「…嫌じゃないよ」

「あ、そうなの?」

「もしかしてそれで、私が常連とかお気に入りって言ったお店は、避けてた?」

「うん」

「行ってよ! 行ってほしくて薦めたんだから!」


私の勢いに、都筑くんが目を丸くする。


「わかった」


素直すぎて、本当にわかってくれているのか怪しい。そうか、都筑くんて、"私が彼を好きじゃない"というのが、考え方のベースなんだ。


「あの、都筑くん」

「うん?」

「私ね、あのとき、会わずに済んで嬉しいって言ったのはね、あの時点では、本心なのは本心なんだけど」


くわえ煙草で、小振りのパリパリしたピザに手を伸ばしていた都筑くんが、ぎくっとしたような表情をした。


「いいってもう、その話は」

「よくないんだって、お願い、言い訳させて!」


嫌そうに顔をしかめる。そうだよね、あんな不愉快な体験の話、わざわざ蒸し返されたくないよね。でもごめん、聞いて。


「あの、私、日陰で生きてたから、都筑くんとか別世界の人に見えてて。そこからいきなり声とかかけられるのって、わからないと思うんだけど、本当に怖くて、緊張して、日常がひっくり返るようなたいへんな出来事なの」

「そこまで?」

「そう。でもそれを説明する度胸もなくて、勝手にびくびくし続けて、ドカンと爆発した結果があれなの」


ふーん、と都筑くんがピザをかじると、クリスピー生地の割れるいい音がする。


「だけど、どんな理由があっても、人にあんなこと言ったらダメだった。本当にごめんなさい」

「ん」

「私も会えて嬉しい」
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