イジワル御曹司に愛されています
「なにかあります?」

「いや、ここさ、最近険悪なの、知ってる?」

「えっ」


指さしたのは、ディスカッションのメインパーソナリティであるひとりと、パネラーのひとり。


「なにかあったんですか」

「いやまあ、よくある話なんだけどね、ドイツの研究機関が協力相手を探しに日本に打診してきたとき、片方の研究室が抜け駆けみたいな形で、その話をもぎとっちゃったの」


うわあ。単純だけに、根深いやつだ。


「今も仲直りできていないんでしょうか」

「たぶんね。こういう世界は子供っぽい奴が多いの、千野さんもご存じでしょ」


その世界の人を前にして、はいもちろん、とは言いづらいけれど、知っている。特に企業でなく大学での研究を続けている人には、学生が年齢だけ重ねましたみたいなピュアさをずっと持っている人が少なくない。


「こちらでも、気をつけておきます」

「だね、弁当の中身が違うだけでも戦争になりかねないから、こういうのって」


ふふっと笑った私に、先生がゴルフクラブを振るまねをしてみせる。


「またつきあってよ」

「練習しておきます」


私も同じ仕草をして返し、自分のオフィスへと戻った。


* * *


その日は久しぶりに、都筑くんだけが来社した。


「疲れてるな」

「ここのところ慌ただしくて…」


年度末だけあって、山のような請求書や決裁書に追われ、目が回りそうなのだ。ふらふらと会議室に入り、ドアを閉めようとしたら、都筑くんが振り返った。


「ちょっと、開けといてもらっていい?」

「え?」

「少しでいいから」


ちょいちょいと、手でなにかを寄せるような仕草をする。私は言われた通り、ドアを少しだけ開いた状態にしてストッパーを噛ませた。
< 85 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop