イジワル御曹司に愛されています
「わっ」

「使え」


ぐいぐいと頬を押す毛糸の感触は、温かくもあるんだけれど。その前にこのマフラー、都筑くんの匂いすごい。無理だ、これは無理だ。


「いいよ、いいよ」


実際寒さなんてまったく感じないくらい身体を火照らせ、必死で押し返したところ、業を煮やしたらしくぐるぐると首に巻かれてしまった。


「お前のほうが真っ赤じゃねーか」

「これは熱ではありません…」


うう、いい匂い…。

汗ばんだ額を押さえ、「早く話して」と急かした。


「話してって言われても」

「お父さんがご病気なんでしょ、それで?」


引く気はないことを見せると、都筑くんが渋い顔で唸り声を発し、それでも言葉を探すように地面を見つめる。


「まあ、要するに、父親の後釜を弟が狙ってるって話。社内の上層部は今、派閥争いで泥沼なんだってさ」

「都筑くんはどうかかわってくるの」

「最近、親父が俺に、持ってた株の大半を譲渡したんだ。それが勢力争いにけっこうな影響のある株数なもんで、もう、いい獲物って感じで」


要するに、その派閥争いの駒として、狙われているってことか。


「そんなところに入社して、大丈夫なの」

「ずっと入社したかったんだ。ほんとは新卒で入るつもりだったし、入れる予定だったんだけど、俺を警戒した叔父が入れさせなかったんだよ」

「お父さんの跡を継ぐ可能性があるから?」

「そう叔父が考えたから、だな。俺はそんなつもりないし、親父にだってないと思う。ふさわしい人がなればいいんだよ、経営者なんて」


淡々と言って、カップに口をつける横顔を見守る。きっとまだ、話してくれていないことがたくさんで、私には都筑くんの心境や状況は、よくわからない。
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