イジワル御曹司に愛されています
「行ってきます。またご連絡します」

「うん、なにかあったら僕も行く。でも大丈夫だと思ってるよ、気をつけて」


優しい笑顔に見送られてフロアを出た。

道々、小木久先生とのやりとりを思い返してみる。やっぱり、配慮がないと受け取られるようなことを言ったりしたりした記憶はない。聞けそうなら、ご本人に聞いてみよう。

けれど結論から言えば、私たちは先生には会えなかった。門前払いをくらったからだ。


「どうしよう、考えが甘かった…」


まさかここまで怒らせていると思っていなかった私は、駅までの道を途方に暮れた思いで歩く。都筑くんが励ますように背中を叩いてくれた。


「俺も軽く見てた。嘆いても仕方ない」

「代わりの先生、見つかるかな…」

「それは最後の手段だ。俺、これから空いた時間にここに通う」

「私も」

「逐次、情報共有しようぜ」


都筑くんが携帯を取り出し、耳に当てる。


「倉上? ダメだった、会えない。明日協会さんと今後の対応を話し合いたい。時間調整頼める? あと登壇者が変わる可能性があることを周知しといて」


一刻を惜しむように足早に歩きながら、よくこの慌ただしさの中で、矢継ぎ早に的確な指示が出せるなあと私は舌を巻いた。


「いや、テーマを変えたらほかのメンバーも総入れ替えだ。それはできない。テーマをキープして代役に立ってくれる人を探すしかない、うんそう」


最低限の会話で携帯をしまうと、私を振り返る。


「倉上から、松原さんに連絡させる。明日の打ち合わせは千野も出て」

「うん」

「さっき松原さんに報告したろ、なんて言ってた?」

「やっぱり松原さんもそこまでこじれてると思わなかったらしくて、業界内の様子を探っておくって」

「ありがたい」


都筑くんはそう言うと、ふっと息をついてうなずいた。


「あの、ごめん、私、先生たちのケンカの話、先にしてたらこんなことにならなかったかもしれないのに」

「いや、まさかそれが辞退にまで発展するなんて、誰も思わないだろ」
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