イジワル御曹司に愛されています
だからこそ、そこを予想するのが業界内部の人間の役割だったわけで。やっぱり自分の務めを果たせなかった悔しさが募る。

今後の動きを考えているうち、駅に着いた。


「俺、会社戻るから、逆だ。じゃあ」

「戻るの、この時間から?」


まさかこの件のために?


「そうだよ」

「あの、ほんとに…」


ごめんね、と言ったら久しぶりに怒られそうなので言えない。言葉に詰まった私に、都筑くんがぴっと指を突きつけた。


「自分が帰るのが申し訳ないとか考えるなよ? ただ今日の時点で、俺たちはまだできることがあるってだけだ」

「明日、少しでもいい報告できるように知恵を絞るから」

「そう、それ」


そう言って、いきなり優しく微笑むものだから、どぎまぎしてしまう。目の前にあった人差し指は、しまわれる直前、私の鼻の付け根をピシッと弾いていった。


「いた」

「俺がいる間に、絶対クリアにしてくから、この件」

「えっ」


鼻を押さえる私に、都筑くんが生真面目な微笑を見せる。頭上のホームに電車が入ってくる音が轟き、彼が階段に足を向けた。


「お前に、こんなきつい置き土産、残していくの嫌だから」


去り際、独り言みたいに、ぽつんと吐かれたつぶやき。温かくて、心強くて、でもさみしい。

ありがと、でもね、さみしいよ、そういうの。

さみしいよ、都筑くん。


* * *


「先生とは引き続き関係を修復する努力をします。ただどうしても叶わなかったときに備えて、代わりに立ってくださる方が欲しいんです、見つかりますか」

「大丈夫、うちと懇意にしてる方がいてね、相談したら引き受けてくれた」


松原さんが受け合うと、都筑くんが安心したように「そうですか」と息をつく。
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