今宵満月の夜、ヴァンパイアの夢を
現れた彼
「はぁ……」
朝から気だるい身体のせいで、ため息が止まらない。そんな私を心配そうに瑠偉が見つめていた。
「大丈夫?? 体調良くないの?」
「体調というか、寝不足なの。」
「満月のせい??」
満月のせいといえばそうなんだろうけど、それよりもすごい体験をしてしまった。気持ち的にも少し瑠偉と目を合わせられない。カルマさんという人に攫われたなんて言ったところで信じてもらえる話ではないだろう。
「昨日は色々あって……」
彼からしたら、その色々が気になるところだと思う。だけどうまく説明できるはずもないので、あえて伏せておいた。
「……熱やダルさはない?」
「うん。ないよ。」
「じゃあ風邪ではないのかな。首の痛みは??」
「今日は少しだけ……」
そんな会話をして2人で学校の敷地内に入った。少しだけ騒がしい廊下を歩くだけで、現実の世界だなぁ……思ってしまうから昨日のことが夢であってもおかしくないんじゃないか。というところまでたどり着く。
いつも通りの授業、いつも通りの学校生活。昨日のことが嘘みたいな日常で、気付いた頃には放課後。先生に授業の資料の片付けを頼まれた私は、資料室へと向かった。
「えっと……」
元の場所はどこだろうと探していると、いつもは閉まっている窓が今日は空いていることに気付く。不思議に思い閉めようとした刹那
「……マリア。」
名前を呼ばれたせいで思わず肩が跳ねた。
「え、……え!??」
「よぉ。約束通り会いにきてやってきたぞ。」
なんて心臓に悪いんだろう。いまの一瞬で窓からカルマさんが現れた。いや、それにしてもここは二階。どう考えたって普通じゃない。
「よくわからない場所だな。声をかけようにも、ずっと真面目な顔をして何か書いているからこんな時間になってしまった。」
「……な、何してるんですか……? 神出鬼没すぎますっ!!」
「行っただろう。お前に会いに来たと。」
いや、全力でおかしい。何者なんですか? って聞いたところで、受け入れられそうな状態でもないし、かといって無視することもできない。会いに来ると言っていたけれど、昨日のようにまた満月の夜にでもやってきて……というのを想像していた分、頭の混乱が激しかった。
「……どうした? 間抜けな顔をして」
「いや……また満月の夜に現れると思っていたので。」
「ああ……。もうそんなに待ちたくないからな。お前が来世に生まれ変わった時は、17の初めての満月に再び会おうと約束はした。しかし満月にしか会わないという約束はしていない。」
もう全然わからない。誰か助けて。顔を歪めているのは、私だけで彼はいたって上機嫌。まさか、再び会う場所が資料室だなんて、一体誰が想像したんだろう。
「マリア……とても面白い格好をしているな。可愛いじゃないか。」
「……え……」
「俺もここに通えば、毎日お前と会えるようだな。」
何言ってるのこの人。まずどこから整理するべきなの?? 昨日のことがやっぱり夢じゃなかったということ? それともこの人が何者かはっきりさせること? 私とこの人の関係?
いま頭の中でやっと、訳がわからないのは何1つ明確になっていないからだと気付いた。
「き、昨日聞きそびれたんですけど……」
「なんだ?」
「何者なんですか……人じゃないですよね?」
”人じゃないですよね?” こんな質問を本気でする日が来るなんて、一昨日までの私は考えてもいなかっただろう。でももうしてしまった。どんなに非現実な答えであっても、受け入れるしかなさそうだ。寧ろ、人だと言われた方が驚く。
整った顔でクスッと妖艶に笑った彼に、思わず心臓がドキンっと音を立てた。ゆっくりと近づいてきたカルマさんは、宝石みたいな瞳で私を見つめると、クイッと顎を持ち上げる。
「……首が痛むことはないか?」
「……っ……あ……」
長い指でソッと首筋をなぞられると、なんとも甘い声が出た。彼はそのまま私の反応を楽しむように、笑っている。
「……お前の身体は覚えているんだ。俺のことを。頭で思い出せないだけでな。」
質問の答えになっていない。だけど私に話しかけるカルマさんの口の中から少し、牙のようなものが見えた。
「や……っ……カルマさ…っ」
「……可愛い……俺のマリア」
彼が近づいてきたので、反射的に血を吸われるっ!! なんて身構えてしまう。だけど、その予想は大きく外れ私と彼の唇が重なったのだ。
「!!!?」
何かを埋めるように、深く深く私の唇を彼は味わう。私はというと、またこの状況に1人取り残されていて、ただ彼が与える甘くて激しいものに身をまかせるしかなかった。
「っふ……んんっ……」
「……クスッ」
唇が離れるとまるで絵画を見てるような美しい笑顔を見せた彼は、満足そうにペロリと舌なめずりをする。
「血を吸われると思ったか?」
「!?」
「ほら……身体は覚えている。お前が考えたもので間違いない……。」
正にその通りだった。何者かわからないなら、血を吸われるなんて身構えることもなかっただろう。だけど私は、確かに首元を意識した。
「……ヴァンパイア……なの? 本当に?」
「……俺が……怖いか?? マリア」
正体がわかって呆気に取られてる私に、カルマさんは少し切なげな顔で見つめてくる。
いろんな表情を隠し持ってるの? ……この人……ずるい。