今宵満月の夜、ヴァンパイアの夢を
家に帰った後、すぐにおじいちゃんに連絡を入れておいた。歴史研究家の人に預けたものもあるし、もしかしたら本格的に翻訳されてるものもあるかもしれない。今まで全く興味がなかったから、私は気にもしてなかったけど……。
瑠偉は、そういう勉強が好きみたいでたまに本を預かってきて、自分なりに訳してるのは知ってる。でも彼が翻訳したものは、マリアさんとルイさんの馴れ初めばかりらしい。いまでいうカップルのブログみたいだよ……と珍しい冗談を言った彼の姿が記憶に新しい。
制服を着替えてゴロリとベッドに転がれば、ふとカルマさんのことが脳裏に浮かんだ。
『……マリア……』
ヴァンパイアなんてこの世にいることがびっくりだ。海外ならまだしもここは日本なのに。だけど嘘だと言うには、不思議なことが起きすぎている。
『……またな……』
明日も会いに来てくれるのかな……そんなことを考えてしまった自分に慌てて首を振った。
「瑠偉がいるのに……何考えてるの。私は」
優しい彼氏がいるくせに、人じゃないとかいう男とキスして、会いたいとか思って、そんなの絶対おかしい。
「考えないようにしよう。うん」
そう決意したけれど、そうにもいかない不思議すぎる展開がさらに待ち受けていたことをこの時はまだ知らない。
*********
翌日朝起きてしっかりご飯を食べて、いつもの通り学校へ向かった私は、驚きの光景を早速目の当たりにしていた。いや、もうびっくりしすぎて足が動かないし、むしろ何事なのかと激しくつっこむべきだと思う。
「カルマ先生ー!! おはよう!!」
「うるせぇ。近付くな」
「きゃあああ! クールだわ!! かっこいい!!!」
誰か嘘だと言って。
だって目の前にいるのは白衣を着たカルマさん。しかもすごく馴染んでいて、何より似合いすぎてる。そしてそれが当たり前の日常生活だと言うような顔で群がってる女の子達。一体一晩で何が起こってしまったの……
「瑠偉……あの人知ってる??」
私がおかしいのかと疑いたくなるような光景に、思わず隣にいる彼に質問してしまった。
「……知ってるも何も、学校で一番有名な先生でしょ? 」
「え……」
しかし瑠偉の答えは、さらに驚愕するもので私の時間が止まる。とりあえず整理してみよう……私はいつも通り登校してきただけ、そしたら女の子達の黄色い声が聞こえて、何事かと思ったらそこにカルマさんがいた。しかも瑠偉は先生だと言う……。うん。それだけ……っていやいや、絶対おかしい。
1人で勝手に整理して、1人で勝手にツッコミを入れる。だって瑠偉まで彼のことを知ってるような雰囲気だ。いやでもそういえば、昨日……
『俺もここに通えば、毎日お前に会えるようだな』
そんなことを言ってた気がするけど、まさかね。本気だったとか??
驚きすぎてもう声も出ない。別人かもしれないと一瞬でも考えたが、服装は違うものの絶対カルマさんで間違いないと思った。だってあんな妖艶で美しい人中々いないもの。しかもあんな先生一度たりともここで見たことないし。
「何してるの。教室に行くよ。真理亜」
「あ、は、はい。」
瑠偉に声をかけられ女の子達に囲まれる彼を少しだけ見つめると、バッチリと目が合った。
あ……
しかし彼はプイッと目を背けて
「邪魔だ。どけ」
なんて女の子達を散らして歩いていく。
無視された? いま……
てっきりまた”マリア”なんて声をかけられると思っていた。それなのに……
やっぱり別人なんだろうか……。いやでも……なんだか納得いかない展開に思わず無口になる。瑠偉が 今日もすごいね先生は なんていつもこんな風だという言い方をしたことがかなり引っかかったけど、おかしいと思っている人物がこの学校で私以外見当たらない。
女の先生まで、今日現れた”美しい先生”に夢中なのだ。誰かお願いだから説明して。そんなことを思ったって、無駄なのは重々承知。確かにここは、私が通い慣れた学校で、住み慣れた日本、だというのに異常なことが起きすぎて自分がおかしくなったのかと、わからなくなっていた。
「おはよー! 真理亜ってあれ? どうかした?」
教室に入って納得いかないようにカバンを置くと、友達の愛梨(アイリ)が不思議そうに声をかけてくる。
「おかしい。何もかも。」
そんなこと言ったって愛梨に伝わる筈はない。現に彼女は「え、何が?」なんて呟いていた。やっぱりそう感じているのは私だけだ。
どうやらこれは……カルマさんに直接問うしかないようだ。