今宵満月の夜、ヴァンパイアの夢を
「どうして貴方が謝るの?」
「マリア様を怖がらせてしまったと、カルマ様が塞ぎ込んでいるからです。 本当はこういうことを嫌がる方なので、考えたのですが……」
ウトくんは少し俯きながら切なげな表情を見せると
「……マリア様にしかあの人を笑顔にできないので」
と力なく笑った。
この子の存在をまだはっきりと把握できていないけれど、どういうポジションなのだろうか。この前はご主人様って呼んでたよね。確か。
「傷は……痛みますか??」
「え、あ、少しだけね。 でも全然大丈夫」
「見せてください」
え?と思った時にはグイッと引っ張られていて、子供のくせに艶っぽく首に触れてくる。思わず胸がドキッとしてしまった。
「……久しぶりのマリア様の血に……さすがのご主人様も抑えられなかったようですね……」
そんな私をよそに彼は気にすることなく、淡々と傷の分析をしている。
「ひ、久しぶりって……ご先祖様は吸われたことあるの!?」
「はい……カルマ様は元々身体が弱かったのですが、マリア様から血をいただいたことであんな風に元気になられたんですよ。」
衝撃の事実だ……
ならマリアさんは好んで彼に血をあげてたってこと?? 謎が多すぎてまだ自分の中で整理ができない。
「貴方は……何か知ってるの? 昔あったこと?」
ゴクリと息を飲んでそんな質問をすると、ウトくんは困ったように笑った。
「知っていますが……言ってはいけない契約があります。」
契約……?引っかかった単語に再び質問をしようと思ったのだけど、それよりも先に彼の頭が深々と下がった。
「とにかく!! カルマ様のことをお許しください!! マリア様がいなくなった何百年間、あの人に生気がなかったことを思い出せば、せっかく現れた貴女に嫌われるなんて拷問ですっ!!」
なんてしっかりしているんだろうか。でもよく考えたら彼もまた、何百年も生きてるってことかな?だとしたらこんな見た目でも私よりかなり年上なわけで。ああ…また頭がこんがらがってきた。
「ま、待って……頭を上げて……」
「いえ、マリア様の気がすむなら僕を殴ってくださっても結構です!」
「いや……そんなことしないよ。」
恐る恐ると頭を上げたウトくんは、ソッと私の様子を伺った。
「……カルマは、どこにいるの?」
「え、お、お屋敷にいますが……」
「私がそこに行くことは可能?」
自分でも何を言ってるんだろうと思った。だけどやっぱり胸のどこかで引っかかったままだったから……。
私の言葉にウトくんは、キョトンとしたのちすぐに明るく花を咲かせたような表情をした。
「もちろんです! 可能です!」
「なら……連れてって……」
また私は余計なことばかり。もう近寄らない方向で行こうって決めたばかりなのに。結局そんなのは、あてにならない決断だ。
ウトくんは
はいっ!
と愛らしい笑顔を浮かべると、さらさらと何かを紙に書き始める。
「ここが住所です。」
「え、待って……自分で行くの!? 連れて行ってくれないの?」
「僕はカルマ様みたいにマリア様を抱きかかえて屋敷に連れて行くことはできないので……その、ご、ごめんなさい」
「あ、いや、こちらこそ。っていうか日本なんだね……それが驚き」
私はまたてっきり何かが起こって気がついたらお屋敷にいる。みたいな展開が起こると思ってた。だけど、ウトくんは割と現実的な方法で住所を教えてくれる。
うちからそう遠くない場所だ。とても意外。
「僕は先に帰って、お茶の準備でもすることにします! 必ずいらしてくださいね!」
「あ、う、うん」
「それではマリア様。」
ポンッと煙が渦巻くと、またコウモリが現れた。
空気を読んで窓を開けるとバタバタと飛んで行ってしまう。不思議だ……こんなにおかしなことが起きているのに、もう慣れてしまいそうな私が不思議だ。
とりあえず渡された紙を見つめて、ため息をつく。
とにかく……カルマに一度会いに行こう……。