ガラクタ♂♀狂想曲

そしてウィンカーの音がカッチカッチ。信号が青に変わり、大きく左折した車。

あれから口を開かないオーナーのハンドルさばきを眺めながら、息を吐き出す。

いまだ整理のつかない頭をそのまま放置して、ぼんやりと外の世界へ視線を移した。


「落ち着きましたか」

「——ええ、まあ」


考えることを放棄しているだけだけれど、これはある意味落ち着いたといえる。


「驚かれたでしょう」

「…そうですね」

「——今回の件なのですが、俺の判断や憶測だけで簡単に口にできない部分もあります。ですから俺が話せる範囲だけになりますが、それを了承してください」


バックミラーに映るオーナーが、確認するかのように私を見た。

コクリと唾を飲み喉が鳴る。大きく頷き、そしてデンちゃんへ目を移す。デンちゃんは変わらず目を閉じていた。


「俺が隼人とはじめて会ったとき、まだ隼人は高校生でした。K大を受験することに加え、ピアノが好きだということで瑠美から紹介を受けたのが最初です」


オーナーの言葉へ耳を傾けながら、おでこをデンちゃんの頬へ当ててみる。やはりまだ熱を持っていた。


「こっちへ出てきてすぐのころは、まだピアノも楽しそうに弾いていました。自分がピアノ好きなのは母親譲り。確かそういうニュアンスで隼人は言ってました」

「そうですか」

「ただハッキリ言えることは、津川さんと出逢う少し前から徐々に弾かなくなりましたね」

「…え」

「そして完全に弾かなくなりました」

「どういうことですか…」

「まだ津川さんの存在を知らなかったころは、弾けないと言った隼人に対して俺も理解に苦しみました」

「私が原因なのでしょうか?」


黙り込んだオーナー。ふたたびウィンカーの音がカッチカッチと響く


「瑠美への想い、母親への想い、父親、お腹の子。そこに津川さんも加わり、いろいろ複雑な思いが絡み合って弾きたいと思わない、弾けなくなったのだろうと…。これは俺個人の憶測ですので、あしからず」


視界が滲んでしまう。
だけどオーナーは、私なんかよりよっぽどデンちゃんのことをよく見ていると思えた。

ピアノは心の声出るのに、心がザワザワ煩く邪魔で弾くのが怖いといったデンちゃん。

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