ガラクタ♂♀狂想曲
ガラクタ

side 隼人














「——元気でねショコちゃん。楽しかった。ありがとう」




そういって部屋を出たのが約一カ月前。

あの日、一大決心をした僕。

そういうと少しは聞こえがいいけれど、ただ逃げ出しただけ。あのあと僕は救急車のお世話にまでなった。

あの日、僕は、このままダラダラと過ごしていたとしても、彼女との約束を果たせるとは思えなかった。いまもそれはかわらないけれど。

だけど、そんな僕の気持ちをまるで見透かしたかのように、"楽しみは長いほうがいい。前の約束は忘れて"と、いってくれた彼女。

いつ叶えられるかもわからないのに。


「いてて」


胸が痛い。こんな僕の未来に掛けてくれる彼女の未来を案じた。ただただ眩しかった。だから逃げた。


「はあ…」


いま僕はウィーンに滞在している。気が付けば音楽の都と呼ばれるウィーンを選んでいた。

そして、その場所には偶然にも母が住んでいる。


「あー…、お腹すいた」


10歳のとき突然家を飛び出した母は、何も持たないで家を出て行った。

それが僕は本当に嫌だった。どこを見ても思い出す。母の面影に溢れていて。

だから僕は、自分が去る時にはなにも残さなかった。ほんの少しでも期待を残すのは残酷すぎるから。それは耐えられないから。

そんな母がまだ家にいたとき大事に持っていたガラス細工。今回一時帰国をしたのは、それを母の手に戻してあげようと思ったからだ。


「ショコちゃん」


あ。口に出てしまった。


「——やべ」


慌てて背を向ける。
どうか気づきませんように。

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