ガラクタ♂♀狂想曲
「お腹減りましたね」
案内されたテーブルへ着いた私たち。
「津川さん」
「いつまで敬語なの」
「顔上げるまでですね。俺の顔も見ないですし」
だってこんな感覚はじめてだ。寒くもないのに震えている。
やっぱりやめておけばよかった。だけど、
「——上げました」
「あはは。そっちが敬語になってる」
満足そうな顔をして首を傾げそう言った桐生さん。手元にあるメニューを手に取った。
「今日が初日だから、あいつも緊張してるかと思ったけれど、そうでもないな。残念」
そして煙草を取り出し火をつける。
「なに食べる?」
メニューなんか頭に入っているだろうに、それをまじまじと眺めながら優雅な煙を吐き出した。
「俺は——、なにしよっかな」
それからピアノの音色が響くデンちゃんのほうへ顔を向け、すっと目を細める。
「けどあれは減給だな。かなりアレンジしてるし」
そう楽しそうに言って口元を綻ばせた。落ち着いて耳を傾ける余裕どない私。ちゃんと聴いたところでアレンジとかまでわからないけれど。
「——これは、なんて曲?」
デンちゃんのほうへ顔を向けていた桐生さんへ問いかける。いま新しくはじまった曲は、聞いたことがあるような、ないような。
子犬のワルツはもうどんな曲か知っているけれど、私ってそういう能力に長けていないせいか余程のことがない限りタイトルと曲が結びつかない。
「ああ、これ? ベートーベンの告別」
こく…、
「え。こくべつって、お別れの意味の告別?」
「そう」
なにそれデンちゃん。そんな曲をわざわざ初日に選ぶの?
「気づいてるな、あれは」
「——え」
デンちゃんのほうへ顔を向ける。するとちらりとこちらを向いたデンちゃんは、すっと手元に視線を戻してしまった。