牡丹町の先生
"花園ハイツ"と書かれた看板は錆び付いて傾いている。
どこが、花園..?と突っ込みたくなるくらいボロいし、ツタが壁に張り付いていて、夜には何か出そうなくらい不気味な雰囲気を放っている。
ていうか絶対、ゴキブリ....いる。
「5畳風呂トイレ共同で一月三万」
わぁ、とってもお安い。
泣きたくなるくらいお安い!
何とコメントしたら良いか分からずフリーズしたまま立ち尽くしている私。
「満室だけど」
「へ...?」
「ここは満室。もう少し坂登る」
こんなボロアパートでも、満室なんてこと、あるんだ...
ホッとしたのも束の間、男が歩き出した先の坂はまた更に急で気が遠くなる。
もう、足が....
ヒールで来た自分をぶん殴りたい。
でも、ついていかない訳にはいかない。
重たいボストンバッグを背負い直して、気合いを入れ直す。
「おい」
「え、はい?」
顔を上げると不機嫌そうな男が、私に手を差し出している。
これ、は?
手、繋ごうって事ですか?
「えっ、と?」
「鞄貸せ、重いんだろ」
「えっ?!いいです、大丈夫です」
「はやくしろ」
でも、というより先に、ヒョイっと2つのボストンバッグを取られた。
一気に肩が軽くなった衝撃で思わず腰わ抜かしそうになる。
「一つは持ちます...!」
とか言いながらスタスタと坂を上り始めた男についていくのがやっとな私。
このヒール、もう捨ててやる...!
「あの、ありがとうございます」
返事をしてくれる事はなく、でもバッグはしっかり持ってくれている。
相変わらず背中は不機嫌そうだけど、この人も心の優しい人なんだろうなと直感で思った。