牡丹町の先生
「名前、なんていった?」
「千堂紬です」
「そうか。紬」
名前を呼ばれただけで、ドキッとするなんて、中学生以来かもしれない。
でもそれはただ、知らない男と同じ家の中に居るからってだけで、
他に深い意味は何にもなくて。
近くで見ると、結構かっこいいんだなとか長い睫毛だなとか、
目にかかるほど髪が長いのに、不潔な感じもなくて、ていうかハーフアップが似合う男性って初めて見たかも、とか
こんなのも別に特に意味は無くて。
「藤巻千尋。よろしく」
口角だけ上げて小さく笑う藤巻さんと握手を交わす。
ゴツゴツしてて指が長くて、大きくて綺麗な手に触れて更にドキっと心臓が跳ねる。
千尋。素敵な名前。
「紬か、珍しいな」
「はい、あんまり好きじゃ無いです」
「そうか?綺麗な名だと思うが」
綺麗な名、だなんて初めて言われた。
ツムギ、って響きも字もあんまり好きじゃなかった。
それに、アノヒトが付けた名前だし。
「そ、んなこと...」
無いです、と続けられなくて口ごもる。
「照れてるのか?」
「わっ!て、照れて無いです!」
私の顔を覗き込む藤巻さんとの距離が近くて思わず両手で顔を隠す。
全く表情の変わらない藤巻さんはきっと、思った事は口に出すタイプで
これを言ったら相手はどう思うか、とかそういうの考えない人なんだと思う。
私とは正反対だ。