牡丹町の先生








______チリリン、チリリン




もう夏は終わるというのに、この家ではまだ風鈴が風になびいている。

でも私の部屋に届くその音に思わず癒されてしまって、

まだしばらくは聞いていたいと思った。






「...おはようございます」

「......ぁあ」



寝惚けているのか、一瞬私の顔を見て"誰だこいつ"という顔をした。


朝一から気の知れない男と2人で顔を合わせて朝食を取るなんて、産まれて初めての出来事だ。




ちょっと恥ずかしくて、だいぶ気まずくて、変にドキドキして。

私、本当にここにいていいのかな。





"平日は基本朝7時半に家を出る"


と昨晩言っていた藤巻さんの為に6時に起きて朝ご飯を作ってみた。

何が好きとか、何が嫌いとかまだ分からないから

無難に焼き鮭と卵焼きとお味噌汁と浅漬けを。


朝はパン派だとか言われたら、とそわそわしたけど

藤巻さんは私の作った朝食を前に、手を合わせて何も言わず食べ始める。





「早起きは得意なのか?」

「はい、私、眠りが浅い方なので」


「.....そうか」



昔から風の音とか、新聞屋さんのバイクの音とか、

そんなちょっとした物音ですぐ目覚めてしまう。

しかも二度寝が出来ないタイプだからタチが悪い。



ちなみに台風の日なんかは眠りにつくのにだいぶ時間がかかったりする。





「本当に料理出来るんだな」



もぐもぐと焼き鮭を頬張りながら藤巻さんがボソッと呟いた。




「....嘘だと思ったんですか?」

「あまり料理をするようには見えなかった」



そう言ってチラッと、私の爪に視線を当てる。



「あ、不衛生ですよね...すいません」




きっと不快な思いをさせてしまった。




「いや、別にいい」



特に気にしている様子は無いけれど、絶対今日中にネイルはオフしよう。







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