牡丹町の先生
無理もないか。
自分でも、この空間ですごく浮いていることくらい分かってる。
明るい髪にキラキラのネイル、スリットの入った黒いワンピースに、高めのヒール。
そしてこの、ボストンバッグ2つ。
どう考えても、変な奴、でしょ。
「あはは、えっと...」
「遠い所からいらしたの?とても疲れた顔をしているわ」
心配そうに私の顔を覗き込むおばあちゃんに胸がキュンとする。
おばあちゃん、可愛いなぁ...!
「大丈夫です、全然、元気です!」
実はヘトヘトでお腹もペコペコだけど、ボストンバッグ2つを担いで笑って見せるとおばあちゃんも優しく笑ってくれた。
「お時間があるなら、奥のお席でどうぞ?」
奥、と言われる方を見てみると石階段を三段上がった先に、小さな畳の部屋が一室、黒い木のテーブルが2つほど置かれた和室が見えた
「あ、是非!」
都会にまみれていると、畳の部屋ですら愛おしく感じる。
これは相当、重症だな。
おばあちゃんオススメのわらび餅と冷抹茶のセットを注文して座布団の上で正座をする。
ぁあ、もうすでに最高。
「お嬢さん、今日はご実家にでも帰られるの?」
「あ、いや実家は都内で..」
「こんな町に旅行なはず無いし...あ、お友達でもいらっしゃるの?」
「や、居ないです、初めて来ました」
不思議そうに首を傾げるおばあちゃんが可愛いくって私も思わず笑ってしまう。
冷たいほうじ茶を一口飲んで、やっと冷静になれた。
私、本当に、全部無くなっちゃったんだって。
「私、家も仕事も、ぜーんぶ捨ててきたんです。
なんか、色々嫌になっちゃって。
で、知らない町で自分を見つめ直そうって思って辿り着いたのが牡丹町なんです。
笑っちゃいますよね、本当。なにやってんだろ」