お説教から始まる恋~キミとの距離は縦2メートル~
くるりと踵を返し、ずかずかとアパートに向かうインテリメガネに腕をつかまれ、引きずられるようにしてベランダまでやってきた。

え?
ここから入れと?

思わず見やると表情から言いたげなことを察したのか、簡潔な答えが返ってきた。

「玄関は鍵がかかっている。」

あ、そうか。
この人窓から追いかけてきたんだっけ。

他人事のようにそう思うほどには落ち着いてきた。
彼は、やっぱり、裸足だ。


すごいなぁ、外まで聞こえるくらい大きないびきをたてて寝ていた人が、網戸が揺れる微かな音に反応して飛び起きるんだもん。
いくら不審者に気が付いたからと言っても、寝起きであんなに迷いなく追いかけてこれるものだろうか?
裸足で外を走るなんて、中学校、下手したら小学校の運動会以来していない。
足が汚れるとか、危ないものが落ちているかもとか、そもそも不審者が凶器を持っていたり、危ない人だったらどうしようって躊躇いはなかったのだろうか。

自らに降りかかる危険を顧みず、正義心から猪突猛進してきたのか、相手がいかに凶暴な獣であっても絶対に負けない自信があったのか。


不意に腕をつかまれ、後ろにバランスを崩す。
わ、と思っている間に身体は浮き上がり、放り込まれるようにベランダに着地した。

「!?」
「そこに靴を脱いで上がれ。」

声を出す間もなかった。
心臓がバクバクしている。
声くらいかけてくれてもいいのに。

無言の行動にも驚いたが、あまりに軽々と持ち上げられたことにも驚いた。
失礼ながら、格闘家のように鍛えられた身体には見えない。
普通の、どちらかといえば細身よりの体格だ。
詳しくは知らないが、古武術か何かの心得があるのだろうか。
そうであればいともたやすく捕まったことにも納得がいく。
今思えば“後ろ固め”みたいな技、キメられてたもんな。
素人が見よう見まねでできることじゃない。


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