例えば危ない橋だったとして

少しの沈黙の後、黒澤くんが口を開いた。

「俺……人が倒れる所はもう見たくないな」

すぐに、お母さんのことだとわかった。

「……ごめんね」

悪いことしたなぁ……そう感じたと同時に、複雑な想いも湧き上がった。
わたしがお母さんの話を覚えている前提で、口にしたんだろうか。
この言葉だって、深い意味なんてないかもしれない。
だけど、わたしと共有するために言葉にしたようにも聞こえた。
わたしの思い上がりだろうか。


「……黒澤くん、もうそろそろ鐘が鳴るんじゃないかな?」

腕時計に目をやると57分を指している。
布団を被ったまま小さくつぶやいた。

「……今日は、多少遅れても平気だと思う。皆わかってるし」

……だから、それは何の優しさ?
込み上げて来る気持ちが抑えられなかった。

「……駄目だよ、こんな風に優しくしたら……黒澤くん」

涙声が微かに震える。
きっと泣いていることが、ばれてしまっただろう。
黒澤くんは、それには触れることなく、黙っていた。


鐘が鳴り黒澤くんが立ち上がる。
そして、優しくわたしの頭に触れて出て行った。
わたしの心臓はしばらく鳴り続けていた。

黒澤くんの感触は、ものすごく久しぶりのような気がした。
仄かに感じ取った掌のぬくもりに、しばし浸った。

< 108 / 214 >

この作品をシェア

pagetop