例えば危ない橋だったとして

「わっ! 悪い! おしぼり、おしぼり」

市村さんは慌てふためき、ビール瓶を置いておしぼりを貰いに飛んで行った。
わたしは咄嗟に自分のおしぼりを掴んで、黒澤くんの元へ駆け寄った。

「大丈夫!?」

考えるより先に、黒澤くんの膝をおしぼりで拭いていた。
しまった──わたしどこ触って……

「ごっごめん!」

すぐさま手を引っ込めたが、顔が真っ赤に染まっている自覚がある。
何を調子に乗って……馬鹿!
心の中で自分へ叱責し、顔を手の甲で隠して俯いていると、頭上から声がした。

「いや……ありがとう」

そっと顔を上げると、彼も恥ずかしそうに俯いている。
黒澤くんは気を逸らすように、おしぼりでテーブルを吹き始めた。
いつの間にか皆席替えをしており、周囲には誰もおらず、騒々しさの中、わたし達の周りだけ音が止まったような感覚に囚われた。

< 116 / 214 >

この作品をシェア

pagetop