例えば危ない橋だったとして
「……あの日のことは、もう気にしなくて良いから」
沈黙を破り、黒澤くんが口を開いた。
先程のわたしの泣きわめいた言葉に対する返事だと、感じ取った。
「……うん……」
何と答えて良いのか図りかねて、相槌を打っただけになってしまった。
きっとこの返事をするために座ったということか。
しかし、この彼の言葉もいまいちわからない。
傷付けたことを許すという意味?
それとも、許す許さないではなく、この恋のことは忘れて立ち直れという意味なのか。
わたしとやり直す気があるのかないのか。
あの日から1ヶ月以上が過ぎた今、黒澤くんの心境は変わっただろうか。
わたしの心境は……心に問い掛け、目の前の暗闇を眺めた。
小さく風が吹き、足元の枯葉がカサカサと音を立て揺れる。
冷たい空気が、頬を撫でた。
今のわたしのままじゃ、まだ駄目だと、心の奥から浮かび上がって来た。
心からのサイレンが、頭の中でゆらゆらと光っている。
黒澤くんが背もたれに回した手で、わたしの髪をつまんだり放したり弄び始めた。
心音が更に速く大きく鳴る。
ど、どういう意味?
黒澤くんを横目で盗み見ると、その視線は前を向いている。
僅かに頬を赤らめているように見えた。
わたしともう一度、恋してくれる?
そんなことは、言えない。少なくとも今は……。
黒澤くんがこちらに向き直り、わたしの顔を覗き込んだ。
心なしか、じりじりと顔が近付いて来たような気がする。
暗闇に目が慣れて来て、黒澤くんの目鼻立ちがよく見える。
その顔は、恐ろしく美しかった。