例えば危ない橋だったとして
帰って来た黒澤くんは、出て行った時より落胆して見えた。
「大丈夫……? お家の方?」
「うん……」
返事をしながら黒澤くんの目線は、鞄をまとめ始めたわたしの手元に注がれ、そして手首を掴まれた。
「帰んの……? まだ8時過ぎだけど」
何か表情に寂しそうな色が浮かんでいる。
こんな黒澤くんは初めて見て、想定外の反応に戸惑う。
「飲み過ぎちゃったし……夜風に当たりたくて」
少し困ったような笑顔になってしまった。
黒澤くんは僅かに視線を落とした後、納得したように小さく頷き、一緒に店を出た。
駅に向かって歩き、橋を渡る。
橋の上は風が強く、わたしの膝丈のスカートは勢いよく翻っていた。
「風……気持ちーね」
わたしは両腕を上げて伸びをした。
今日は空も晴れて、月が綺麗に川面に映り込んでいる。
黙っていた黒澤くんが口を開く。
「綺麗だな」
「ね、月明かりが反射してキラキラしてる」
川を指差し、歩を進めながら笑顔を返すと、思いもよらない言葉が飛び出す。
「榊が、綺麗。月明かりで光って見える」
自分の頬を指差しながら呟くと、じっとこちらを見据えた。
月明かりに照らされた、恐ろしく美しい顔で。