例えば危ない橋だったとして

電話を終えた課長が係長の元へ駆け寄った。

「黒澤くんのお母さんが亡くなった」

信じられない言葉に、耳を疑った。
嘘でしょ……? 黒澤くんの……?
わたしに話を聞かせてくれた、黒澤くんの、お母さんが

目の前が真っ白になり、呆然と立ち尽くし、手が震える。


「通夜へは課長と私と……他の社員は」

係長が答える中、考えるより先に足が動き出した。

「わたしも行かせて下さい!」

ふたりの元へ詰め寄り、叫んでいた。

「……そうだね、そうしたら榊さんと……」

必死の想いが伝わったのか、一員に加えて貰えた。


始業の鐘が鳴り業務が開始されたが、わたしは気が気でなかった。

黒澤くん、今どんな思いでいるの……。
彼の寂しそうな笑顔が、脳裏に浮かんだ。

一番大変な時に、何も出来なかった。
きっと年末からお母さんが体調を崩されていたんだ。
今になって思えば、様子がおかしかったのもそのせいだったのだろう。
わたしはまた自分のことばかりで、黒澤くんの異変に気付けなかった……。
心の底から、後悔の念が押し寄せて来ていた。

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