例えば危ない橋だったとして

夜はイタリアンバールで早目の夕食を取り、ピザやパスタとお酒を楽しんだ。
背の高いスツールに腰掛け、小さなテーブルを囲んで至近距離に入ると、いかにも親密な雰囲気が漂う。
皐は頬杖を付いて穏やかな笑顔をこちらへ向けている。

「飲み物は?」

残り少ないわたしのグラスに視線を注ぎ、問い掛けられる。

「シャンディガフ、おかわりしようかな」

返事をすると、彼はすかさず店員を呼び止めオーダーした。
付き合う前からそつのない振る舞いだったが、こういう気遣いやエスコートっぽい対応は密になった気がする。


店を出ると、ビルの展望台へ向かった。
外は風が強くかなり寒かったけれど、眼下に広がる美しい街の夜景に、心を奪われた。
展望台にはそれなりに人が居たが、なるべく人けのない場所へ移動した。

「さむーい、きれーい……。見て、タワーが見える……」

街を指差しはしゃいでいると、皐がわたしの肩を抱き寄せた。
水族館の側でベンチに座った、あの日を思い出した。
ふいに彼の顔が近付き、唇が触れ合う。

「ちょっ……人、居るから!」
「俺らのことなんか誰も見てないよ……」

皐の胸元を押して距離を取ろうとすると、わたしを抱く手に益々力が込められる。

嘘だ。確かに今は暗くて誰も見てないかもしれないが、わたしは今日1日一緒に過ごして認識した。
すれ違う女子達の、皐に注がれる眼差しを。
この人、自分で外見が良いこと理解してるし、視線を感じていないわけがない。
それとも、慣れ過ぎて感じなくなっているのか。

離れてはまた触れるキスを、頭の中ではそんなことを巡らせながら受け入れていると、高揚感が増してしまって困った。

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