例えば危ない橋だったとして
「今日はこれで我慢するから」
……我慢って。益々顔が熱くのぼせて来る。
付き合ってからと言うもの、そつのない皐と、素の皐が交互に顔を出し、心が抉られる。
皐に肩を抱かれたまま、しばらく黙って夜の街を眺めた。
大きく鳴っていた心臓は、次第に落ち着いた音に変化してゆく。
何て幸せなんだろう。肩に感じる温もりが心地好くて、安心感に浸った。
そろそろ20時を迎える。
「……帰ろうか。家の人もさすがに心配するだろうし」
沈黙を破り、皐が口を切った。
皐の顔に視線を移し、答える。
「うん……。そうだ皐、うちの親が……」
「ん?」
自分で自分の台詞に驚いて、絶句した。
わたし今、何を口走ろうと……冷や汗が流れ、口を噤んだ。
『一度会わせてって言ってたよ』
なんて、今この段階で伝える言葉じゃない。
「何でもない」
慌てて笑顔を取り繕う。
皐はやや不思議そうな表情をしたけれど、それ以上追求して来なかったので、安堵を浮かべた。
あんまり居心地が良くて、もうずいぶん長い期間を一緒に過ごしたような気分に陥ってしまった。
危なかった。
その後は特にへまをすることもなく、乗換駅で別れた。