例えば危ない橋だったとして

お父さんは急用が入ってしまったらしく、出掛けて行ってしまった。

「ゆっくりして行って下さい」

その言葉に甘え、お父さんを見送ってから、もうしばらくお邪魔することにした。


階段を登り皐の部屋へ向かいながら、わたしは皐に微笑んだ。

「……素敵なお父さんだね。弟さんも、愛されてるね皐」
「……そぉ?」

照れくさいのか、ぶっきらぼうな返事をする彼を、愛おしいと思った。

扉の向こうの部屋は、モノトーンでまとめられ、シャープな印象を与えている。

「さすが、綺麗にしてるね」

興味津々で部屋を眺め回していると、皐の腕が首の前を交差した。

「皐……?」

振り返ろうと顔を向けると、わたしの肩に皐の頭が乗せられた。

「……もう、1ヶ月も経ったんだな……」

顔を隠した目の前の皐の黒髪が、さらりと揺れて、切なげな雰囲気が漂った。
わたしはその髪に自分の指を通した。

わたしは脳裏に、あの日一緒に涙した皐と、目に映り込んでいた夜空を思い浮かべた。

「……そういえば皐、お母さんのこと『嫌い』とか言ってたけど……どうして?」

触れて良い話題かわからず今まで心の中に仕舞っていたが、言葉が自然と口から出ていた。
皐の頭がぴくんと揺れた。

< 189 / 214 >

この作品をシェア

pagetop