例えば危ない橋だったとして
お父さんは急用が入ってしまったらしく、出掛けて行ってしまった。
「ゆっくりして行って下さい」
その言葉に甘え、お父さんを見送ってから、もうしばらくお邪魔することにした。
階段を登り皐の部屋へ向かいながら、わたしは皐に微笑んだ。
「……素敵なお父さんだね。弟さんも、愛されてるね皐」
「……そぉ?」
照れくさいのか、ぶっきらぼうな返事をする彼を、愛おしいと思った。
扉の向こうの部屋は、モノトーンでまとめられ、シャープな印象を与えている。
「さすが、綺麗にしてるね」
興味津々で部屋を眺め回していると、皐の腕が首の前を交差した。
「皐……?」
振り返ろうと顔を向けると、わたしの肩に皐の頭が乗せられた。
「……もう、1ヶ月も経ったんだな……」
顔を隠した目の前の皐の黒髪が、さらりと揺れて、切なげな雰囲気が漂った。
わたしはその髪に自分の指を通した。
わたしは脳裏に、あの日一緒に涙した皐と、目に映り込んでいた夜空を思い浮かべた。
「……そういえば皐、お母さんのこと『嫌い』とか言ってたけど……どうして?」
触れて良い話題かわからず今まで心の中に仕舞っていたが、言葉が自然と口から出ていた。
皐の頭がぴくんと揺れた。