例えば危ない橋だったとして

何だかどう接して良いかわからない……鏡の中の自分を見つめながら考えた。
黒澤くんは、驚く程いつも通りだったので、あの夜の出来事はわたしの妄想なのでは、とすら感じてきた。

仕事が始まっても黒澤くんは特に変わりなく見えた。
いつも通りに爽やかな笑顔で、わたしに指導もしてくれる。

「ビル設備は大きな建物だと複数あったりするから、よく図面を見て」
「本当だ、此処は3つもあるね」

ビル設備とはその建物専用の設備で、建物の竣工に合わせて作られることが多い。
実際に使用する際は、電柱からは配線せず、ビル設備から配線する。

「黒澤くん、ちょっと」

席を立ち、手招きしている課長の方へと歩いて行く黒澤くんを見つめた。
そういえばあの夜の黒澤くんは、いつもと雰囲気が違った。
何だろういつもはもっと……“そつがない”んだ。
課長と話している黒澤くんは、今日もそつのない笑顔を携えていた。

その後も余りにもいつも通りなので、わたしは気にしないことにした。
うん、きっと気の迷いだったんだよね。まぁ、キスのひとつやふたつ、当人が水に流すなら、わたしも流す!


特に何事もなく1日が終わり、帰路に着く。
電車の吊革に掴まりながら、思案する。

そもそも酔っ払っていて覚えていないのかも知れない。
自覚があるなら、何らかのアクションがあっても良くないだろうか。
むしろ記憶がないことを願った。その方が、わたしにとっては都合が良い。

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